テレビドラマの現在地

2020年8月31日 07時55分
 家族そろって茶の間のテレビでドラマを楽しむ。そんな時代があった。高い視聴率を記録した人気ドラマもあった。しかし、最近のドラマはつまらないという声もある。面白いドラマとは?

<人気ドラマの最高視聴率> 1983〜84年にNHKで放送された「おしん」の最高視聴率は62・9%で過去最高。青少年の非行問題をテーマにした「積木くずし」(83年)は45・3%を記録した。時代劇「水戸黄門」は79年の43・7%、前作の「半沢直樹」(2013年)は42・2%が最高。(数字はいずれもビデオリサーチ調べ・関東地区)

◆分かりやすく、複雑に 脚本家・野木亜紀子さん

 日本のドラマを十把ひとからげには語れませんが、一つ言えるのは「分かりやすく不快じゃないものと、それ以外」の二極化が進んでいると思います。今の主流は分かりやすくて優しいドラマ。そうしたドラマの方が安全に視聴率も取れます。昔はもっといろんなタイプのドラマがありましたが、テレビ局も数字が取れる方を優先して、複雑なものや暗いものは作らなくなってきている。あまりトライしようとしなくなっていますね。
 テレビを通してマス(大衆)に作品を投げかけるわけですから、広く伝わりやすいに越したことはありません。でも、私が一視聴者として見たときに、分かりやすさ一辺倒では面白みがないと感じます。それに、人間という複雑な生き物を描いているのがドラマなら、複雑さや難しい要素は避けて通れません。だから今は「一見分かりやすいようで、複雑さを内包したもの」を作ろうとしています。
 意識しているのは放送枠によって、分かりやすさと複雑さの配分をそのつど変えること。放送中の「MIU404」(TBS系)は、プライムタイムのドラマらしいエンタメ要素を入れつつも、今の日本で忌避されがちな社会問題を取り入れています。海外ドラマを見ていると、政治や社会問題が当たり前に入っています。日本のドラマもかつてはそういう作品がたくさんあったんですが、今やめっきり減ってしまいました。しかし、犯罪を描く事件ものの場合、社会の状況に触れないのはおかしいんじゃないかなと思います。
 分かりやすさの問題は海外で受け入れられるかどうかにも関わります。日本のドラマは日本の視聴者に寄り添って作られている。そこが良さでもあると同時に、海外での広がらなさにもつながっているので、打破したいという思いがあります。
 一方で日本に根ざしたドラマも作っていきたいという思いもあります。ローカルなテーマやストーリーが海外で受け入れられる例もありますから、とにかく多種多様な作品が作られるといいなと思いますね。
 作るからには志を高く、誠実に、クオリティーの高いものを届けたい。中身を届けようという思いと、制作チームの能力があれば、世界にも通用すると信じていますし、配信の時代になってきた今、視野を広く持たないと生き残れないと感じています。 (聞き手・清水萌)

<のぎ・あきこ> 1974年、東京都生まれ。2010年にデビュー。主な脚本作品に「逃げるは恥だが役に立つ」(原作・海野つなみ)「アンナチュラル」「MIU404」など。

◆自由な発想で実験を メディア文化評論家・碓井広義さん

 面白いドラマは、見ている人の気持ちを動かします。一つのせりふ、一つの動きにでも人間の真実があれば、人の気持ちは揺さぶられます。
 人間のいいところも悪いところも丸ごと描く。それがドラマです。だから、作り手には自分たちが作り出す人物や物語に対する「熱狂」が必要になります。誰か一人だけでもいい。作り手の熱狂は、画面を通して必ず伝わります。
 話題のドラマ「半沢直樹」の場合、まず池井戸潤さんの原作がそうです。若い頃に勤めた銀行に対する愛着、その裏返しとしての、ある種の怒り。それが底流にあるような気がします。めりはりの利いた演出には、ディレクターの福沢克雄さんの強い思い入れが表れています。顔のアップで攻め、引いた画面で緩める。緩急自在です。
 そして、堺雅人さんをはじめとする出演者。普通、役者は役に入り込みます。ところが、このドラマでは、役が役者に憑依(ひょうい)し、入り込んでいるように見えます。熱狂が重なり、響き合ってエネルギーが生まれます。
 映画が「非日常」の体験であるのに対し、テレビは「日常」のメディアです。テレビドラマは、われわれと地続きの世界です。人は自分の人生しか生きられません。しかし、ドラマを見ることで、こんな生き方もあるのかと発見する、もしくは忘れていたものを再発見することもあります。
 若者のテレビ離れが指摘されますが、彼らが会員制交流サイト(SNS)で話題にしていることの多くはテレビだったり、中でもドラマだったりします。彼らの意識にネットとテレビの区別はありません。いいドラマを作れば受け止めてくれます。
 コロナ禍でドラマの制作現場は苦労しています。普段と同じことができない。ならば、それをポジティブに捉えたらどうでしょうか。定型やスタイルを崩し、普段ならできないことを試してみる。リモート制作ドラマで、離婚した元夫婦が電話で話すだけの作品がありました。二人芝居の舞台を見ているようで面白い作品でした。
 ドラマは箱ではなく、風呂敷です。何でも包み込める。少しでこぼこして見てくれが悪かろうと、それもドラマです。コロナをてこにして、自由な発想でドラマの可能性を広げてほしい。そう思っています。 (聞き手・越智俊至)

<うすい・ひろよし> 1955年、長野県生まれ。慶応大卒。81年から20年間、テレビ番組制作に携わる。博士(政策研究)。元上智大教授。著書に『ドラマへの遺言』(共著)『倉本聡の言葉』など。

◆「今」を描く志が必要 コラムニスト・イラストレーター 吉田潮さん

 日本のテレビドラマは昔に比べてつまらなくなっていると思います。テレビ局が球をストライクゾーンに置きにいき、挑戦しなくなってしまった。
 具体的に言うなら、新奇性のある設定はごくわずかで、「刑事・警察もの」「医療もの」「弁護士・検事もの」の三大定番ばかりが増えました。これを私は、ドラマをつまらなくする三大悪と言いたい。優れた脚本家たちさえ、この定番に押し込められ、冒険や挑戦をさせてもらえていない気がします。
 主演をすげかえるだけで、パターンはほとんど同じ。組織悪(上層部の悪事)が描かれ、なぜか身内や仲間が巻き込まれる。主人公が驚くべき特殊な能力や技術を持っているという設定も多い。女性の主人公は増えてきましたが、「お飾り」か「厄介者」「変わり者」扱いです。
 本当に面白いドラマを求めている成熟した大人は、もうとっくに海外のドラマが見られる動画配信に移行しています。海外のドラマは日本より予算や時間が豊富という面はありますよ。でも、そういう物理的な問題ではなく中身の問題です。地上波ドラマも海外のドラマのように「主体性」「多様性」「批評性」を取り入れていかないと、質の良い視聴者を逃がします。
 「主体性」という点では、特に「ヒロインの描き方」が日本はひどいと思っています。海外のドラマの女性たちがみんな主体性を持って、女性性に誇りをもっているのに対して、日本は仕事も恋愛も性行為も、空気を読み過ぎて同調圧力に屈している女性しか出てこない。
 「多様性」という点では、なぜ今ドキュメンタリーが人気なのかがヒントになります。身近な市井の人々の中にあるドラマを掘り起こしているからなんですね。警察官や医師などの公務員や有資格者ではない、例えば、コンビニで働く外国人が主役のドラマがあっていい。
 これだけ政治がひどいことになっているので、政治に対する「批評性」もどんどん入れていくべきです。
 こういう冒険ができないのは視聴者からのクレームも一因なのでしょう。しかし、クレームを避けようとして無難なドラマを作り続けるのは、実は視聴者を低く見ることです。結局、日本のドラマに必要なのは、「今」を描こうとする志の高さではないでしょうか。 (聞き手・大森雅弥)

<よしだ・うしお> 1972年、千葉県生まれ。週刊新潮で「TVふうーん録」、東京新聞で「熱風涼風」を連載。『親の介護をしないとダメですか?』『くさらないイケメン図鑑』など著書多数。

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