三菱自動車前会長 益子修さん死去

2020年8月31日 22時21分
 益子修さん(ますこ・おさむ=前三菱自動車会長)8月27日、心不全のため死去、71歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で行った。会社主催のお別れの会は開かない予定。
 三菱商事出身で、2005年1月に三菱自の社長に就任。燃費不正問題発覚後は、日産自動車とフランス大手ルノーとの3社連合で中心的な役割を担った。(共同)

◆経営再建に奔走、東南アジア市場を開拓

 三菱自動車の益子修前会長が急逝した。15年半にわたる経営トップ在任中、度重なる不祥事や経営不振に直面。立て直しに奔走し続けた。
 三菱自は2000年のリコール隠しで経営危機に陥り、頼みの綱の独ダイムラークライスラー(当時)からも突如資本関係を解消された。05年、経営再建に向けて白羽の矢がたったのが、グループ企業の三菱商事で自動車事業トップを務めた益子氏。当時について「(08年の)リーマン・ショックが1年早く起きていたら会社はつぶれていた」と後に振り返った。
 大きな功績は、東南アジア市場を開拓したことだ。他社を出し抜き、三菱自の稼ぎ頭の重要市場に育てた。日産自動車トップだったカルロス・ゴーン元会長もこの手腕に注目。拡大路線を進めるゴーン氏の下で、日産、仏ルノーと3社連合を組むことになった。
 ゴーン氏の逮捕以降は、3社連合のスポークスマンの1人として記者の夜回りにも丁寧に応じた。しかし、拡大路線があだとなり事件後に三菱自の業績は急速に悪化。独自路線に立ち返り、「小さくても美しい企業として再生する」と会見などで繰り返していた。
 益子氏の知人によると、酒豪として知られたが、ここ数年は宴席でも酒を口にしなくなった。新しい中期経営計画を後任の加藤隆雄最高経営責任者(CEO)を中心に作成した後に退任する意向を今春には周囲に漏らしていたという。(森本智之)

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