関東大震災 うわさ、偏見で犠牲 朝鮮人に哀悼の誠 熊谷、本庄で市長ら慰霊

2020年9月2日 07時13分

関東大震災後の流言で犠牲となった朝鮮人の慰霊碑に祈りをささげる吉田市長ら=本庄市で

 一九二三(大正十二)年九月一日の関東大震災から九十七年。震災後の混乱の中、うわさや偏見に基づく朝鮮人の虐殺事件が相次ぎ、県内でも北部を中心に二百数十人(未確認を含む)が命を落としたとされる。熊谷、本庄両市の市長は一日、それぞれの市内にある供養塔や慰霊碑を訪れて手を合わせ、犠牲となった朝鮮人の霊を慰めた。 (渡部穣)
 両市では毎年九月一日、それぞれ百人超が参列する慰霊追悼式を開いてきたが、今年は新型コロナウイルスの感染拡大防止のため中止となり、市長、副市長、教育長の三人が祈りをささげるにとどめた。上里町の山下博一町長も町内の慰霊碑に祈りをささげた。
 熊谷市立図書館が一九九四(平成六)年にまとめた「市内の文化財をめぐる−関東大震災と朝鮮人殉難事件について」によると、震災後に県北部の熊谷市と本庄市、上里町を中心に「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れる」「震災に乗じて暴動を起こす」などの流言飛語を信じた群衆が、警察に保護されて移送されるなどした朝鮮人を襲撃。確認されているだけで、県内で百九十三人が犠牲となった。うち熊谷市が五十七人、本庄市が八十八人、上里町(旧神保原村)が四十二人とされる。未確認分を含めると、約二百四十人が犠牲となったという数字もある。
 熊谷市の富岡清市長は「犠牲となった数多くの朝鮮人の皆さまに哀悼の誠をささげた」と述べ、本庄市の吉田信解(しんげ)市長は「不慮の災禍を被った方々に深い哀悼の誠をささげました」と語った。

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