<新・笑門来福 笑福亭たま>絶対アカン考え方

2020年9月4日 07時52分

結構、衣装持ちでしょ?

 京都市の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の嘱託殺人事件や、相模原市の障害者施設殺傷事件のニュースなどから、「優生思想」の話をよく耳にする。優生思想とは「優秀な遺伝子を残し、劣った遺伝子を淘汰(とうた)しようとする」思想のことで、絶対アカン考えだ。「そもそも優秀て誰がどんな基準で決めんねん」「それを良しとするなら、おまえがいきなり淘汰されるかもわからんで」などのツッコミで、十分アカンとわかる思想だ。
 それはそうと落語界では、たまに「寄席に下手クソは出すな!」という意見を言う噺家(はなしか)がいる。私はこれを落語優生思想と呼んで、反対している。実際、東京の寄席の格言に「下手も要(い)る」という、噺家らしいメチャクチャな名言がある。そもそもこの落語優生思想に対し、「上手と下手って誰が決めんねん」という全く同じ話が出てくる。芸は好みなので、多数に支持されなくても、誰か一人に高く評価されるかもわからず、芸の価値は比べようがない。
 だから噺家同士は、収入や認知度とは無関係に芸歴で序列を決め、互いを尊重する。つまりわれわれ噺家の世界には、絶対的な公的基準での上手下手は存在しない。しかし、落語は商売なので「売り上げが大事」「お客が大事」だ。この観点から「集客力が低いのが下手。だから寄席に出すな」という意見を持つ噺家が定期的に現れる。
 この意見を黙らせるのが寄席の名言「下手も要る」だ。この「下手=集客力がない噺家」という定義であっても、実は寄席に出演させた方が大局的に見ると集客や売り上げは大きくなる。いくら生産性とかどっかの政治家みたいな発言をしようとも、これは東京の寄席が長年培って出した「経営の答え」であり、多くの名人も同調している。
 その理由は「多種多様なお客のニーズに応えられ、新規客が来やすい」「誰がいつどんな花を咲かせるかわからず、誰かが化けたら回収する」「面白い人ばかり見ると疲れるので休憩も必要」など、いろいろだ。適者生存の考えで、多様性を確保した方が生き残れるみたいな話だ。だから寄席は多種多様な芸人を上手も下手も「寄せ集め」てるんだろう。
 それはそうと「下手は出すな」と言う噺家は、大概「自分は選ぶ側」か「自分は優秀」と思ってそうだ。逆に私はそんな噺家を見ると「あ、コイツ、こんなことを言うてる時点で、落語下手やわ」と思うことがある。言わへんけど…。

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