他者に寄り添うために 『遺品博物館』 作家・太田忠司さん(61) 

2020年9月6日 07時00分
 作家デビューから今年で三十周年。著作はミステリを中心に百冊を超える。「遺品」をキーワードに八つの物語を収録した本作は、これまで培った技巧や小説への向き合い方をすべて注いだ。「太田忠司の作品を初めて読むなら、これを」と自負する短篇集だ。
 恋人を失った青年や子どもを亡くした父親の前に現れる年齢不詳の男、吉田・T・吉夫。古今東西の遺品を収蔵する「遺品博物館」の学芸員として、故人の物語(人生)を伝える品を選定に来たという。「亡くなった方の思いが込められた遺品は、お話の核になると思っていた」
 <少女は自分の余命が短いことを知っていたので、永遠に生きようと思った。>。謎めいた一文は、収録作「不器用なダンスを踊ろう」の書き出し。読者の関心を一行目で引きつけようと、今回はすべての短篇で、逆説を冒頭に置いた。いずれも一篇わずか三十ページほど。だがその中に謎がいくつも詰まっている。登場する遺品も多彩で、寄せ木細工の箱やビニール傘といった何の変哲もなさそうな品に、意外な秘密が隠されている。「面白がったり驚いたりしてもらえるよう、バリエーションを考えた」
 吉田学芸員は、もう言葉を交わすことができない死者と生者を橋渡しする存在でもある。遺品の選定を通じて彼が明らかにする故人の物語は、時に、残された人々が前を向くきっかけになる。
 「僕自身、物語に救われたと思う。中学生の頃からミステリやSFを読み始めたが、それ以前の自分が思い出せないくらい、夢中になった」。そして自然と頭の中に浮かぶ物語を書き始めた。一九九〇年、自動車部品メーカーに勤めながら執筆した青春ミステリ『僕の殺人』でデビューし、専業作家に。以来、年数冊を途切れず刊行してきた。この夏は本作以外にも、バブル時代の闇を描いたホラー長編『猿神』も刊行。地元の名古屋市を舞台にした作品も多く手がけている。
 最初は自分のために小説を執筆していた。だが、読者からの感想に、物語を通じて他者に寄り添い、メッセージを伝えられる可能性に気付いたという。「僕の本を読み『自分は一人ではない』と思ってくれる人がいる。その誰かのためにも、力の限り書く」
 東京創元社・一七六〇円。 (谷口大河)

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