戦争と法 長谷部恭男著

2020年9月6日 07時00分

◆有事法制下どう向き合う
[評]古関彰一(獨協大名誉教授)

 戦後七十五年の夏が終わった。日本では総力戦であった第二次大戦の戦争・戦災の体験が連日メディアを賑(にぎ)わしていた。本書が取り上げる戦争は、「戦後」つまり日本が直接かかわらなかった限定戦争、戦争目的や戦争手段を限定した戦争だ。ということは、有事法制を持つ日本が今後、対外的に武力行使がなされた場合に、どうなるのか。法的にありうる事態を教えてくれるのが本書である。
 ヨーム・キップール戦争(一九七三年)というアラブとイスラエルによる、いわゆる第四次中東戦争は、核戦争の危機が叫ばれる中でキッシンジャー米国務長官がシリアとイスラエルを仲介し、限定的な停戦となった。
 朝鮮戦争は、本書がもっとも紙数を割いているが、ここではトルーマン米大統領とマッカーサー国連軍司令官(日本占領の最高司令官でもあったが)とが限定戦争をめぐって火花を散らした。それはまた、大統領という「シビリアン」と最高司令官の「軍」のシビリアンコントロールの問題でもあった。
 朝鮮戦争は、トルーマンがマッカーサーの「限定」を超える戦略を許さず、停戦となり、辛うじて核戦争を免れた。そして今や、本書でも指摘しているテロリストの殺害、ドローン狙撃、サイバー攻撃が開発され、航空自衛隊は名称を航空宇宙自衛隊へ変更すると囁(ささや)かれている。限定されたピンポイント戦争の極地だ。
 「攻撃」する以上は、核戦争を、ミサイル攻撃を誰がどう抑止するのか、「戦後」が続く保証はどこにもない。憲法学者である著者は、「近代立憲主義と呼ばれるリベラルな思想」を「相互に両立しない多様な価値観を奉ずる人々が、それでも公平に人間らしく暮らしていくことのできる社会を作ろうとする試み」であり、これぞ日本国憲法の基本原理だと断言している。
 有事法制をほぼ完成させてしまった戦後七十五年にこそ、従来経験した戦争ばかりか、これからの「限定戦争」にどう対峙(たいじ)するのか、本書から学ぶべきことは多い。
(文芸春秋・1760円)
1956年生まれ。早稲田大大学院教授、東京大名誉教授。著書『憲法講話』など。

◆もう1冊

長谷部恭男著『憲法と平和を問いなおす』(ちくま新書)

関連キーワード

PR情報