コロナ黙示録 海堂尊(かいどう・たける)著

2020年9月6日 07時00分

◆「怒り笑い」現実を映し出す
[評]中江有里(女優、作家)

 「泣き笑い」という言葉があるが、悲しみと喜びのツボは隣り合わせなのかもしれない。片方の感情が刺激されると、もう一方も反応する。
 それを踏まえて本書は「怒り笑い」の小説と名付けたい。怒りながらも笑う、もしくは笑いながら怒るのは読者? もしくは著者か?
 コロナ禍の日本を舞台に、為政者の思惑と医療従事者たちの奮闘、暗躍するメディア関係者と海堂作品で馴染(なじ)みの面々。オールスターキャストでタブーに切り込む筆は鋭い。正気で狂気を抉(えぐ)り出すエンターテインメント。
 二〇二〇年、東京オリンピックを控えた日本はさらなるインバウンドに期待を寄せ、次々に報道される政治の不祥事も何のその、世紀のイベント開催に燃えていた。そこに襲来した新型コロナウイルスは世界中の人々を分断し、生活を一変させていく。
 今やコロナに一家言を持つ人は多いが、本書では、患者が見つかったクルーズ船ダイヤモンド・ダスト号のゾーニングに失敗し、現場を混乱させた官僚がそれだ。専門家の意見を排除し、無知とプライドを振り回した行動は、船上のクラスターが人災だと暗に突きつける。
 二人のコロナ患者と一台の体外式膜型人工肺ECMO、どちらにECMOを使うかの「いのちの選別」の章は、今そこにある現実だろう。
 ところで本書の一部の登場人物はすぐ現実の人物と結びつく。為政者をからかっているようにも思えるが、底辺には自己保身ばかりで国民を蔑(ないがし)ろにする政治への怒りがある。本書の笑いは体に入り込み、内に沈む怒りを攪拌(かくはん)させて排出する作用があるようだ。どうやらコロナは政治への怒りと似ている。しかしどちらもなくすことができないのだから、共生するしかない。そのために手洗いが重要だ。ましてや「汚れた手」を振りかざすなんて言語道断。
 おそらく世界で最速の新型コロナウイルス小説。小説は現実を映し出す装置という。ここにきて現実では突然の辞任劇。やり場のない「怒り笑い」に救いはあるのか……。
(宝島社 ・ 1760円)
1961年生まれ。作家。医師。「チーム・バチスタ」シリーズはベストセラー。

◆もう1冊

海堂尊著『チーム・バチスタの栄光』(宝島社文庫)(上)(下)。『このミステリーがすごい!』大賞受賞のデビュー作。

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