外国特派員協会が昨夏、解散を検討 加入者半減、会費収入落ち込む

2020年9月10日 05時50分

日本外国人特派員協会が入る丸の内二重橋ビル=東京都千代田区で


 外国人記者の日本取材の拠点で、注目される会見を多く開いてきた日本外国特派員協会が昨年、財務の悪化から解散を検討していたことが分かった。加入する特派員がピーク時の半分まで減り、収入の柱である会費が落ち込んでいる。直近の決算も赤字額が手元の現預金を上回り、存続に向け予断を許さない状況だ。
 解散の検討は今年7月、カルドン・アズハリ前会長(パンオリエントニュース代表)が会員向けメッセージで明かした。メッセージでアズハリ氏は、昨年7月の時点で「破産まで数カ月の状態で、当時の理事会が清算を準備していた」と説明した。
 協会の2019年度決算によると、会費収入が前年度から減る一方、家賃や人件費がかさみ4000万円の経常赤字となった。18年の事務所移転による支出が膨らんだことで、現預金は約2000万円しかない。現金化できる資産も乏しい。
 会費収入を左右する会員数は減り続け、1992年に約500人いた正会員は、今年8月時点で259人となっている。会員の減少について、あるベテラン会員は「日本の政治的、経済的な存在感が弱まり、海外メディアにとって東京支局の重要度が下がっている」と理由を語る。香港の国家安全維持法の施行に伴い、米ニューヨーク・タイムズ紙は7月、デジタルニュース部門の移転先に韓国・ソウルを選んだ。
 協会主催の会見は注目度が高く、そのやりとりは歴史を動かすきっかけになったことも。1974年、外国人記者らが当時の田中角栄首相を金脈問題で追及して世界に打電し、辞任の流れをつくった。
 本紙は今年3月以降、財務の改善方針についてアズハリ氏に取材を複数回申し込んだが、新型コロナウイルス対応を理由に応じなかった。その後、会長がイザベル・レイノルズ氏(米ブルームバーグ記者)に交代。レイノルズ氏は「困難な時期だが協会の維持に最善を尽くす」とコメントした。(皆川剛)

◆終戦直後に創設、日本の動き世界に伝える 記者の無償運営に限界も

 戦後日本の激動を75年にわたり世界へ発信してきた日本外国特派員協会の存続に、黄信号がともった。政治から文化まで、時代を映すゲストを招いた記者会見は政権交代のきっかけとなったこともあるほど影響力が大きい。事業を立て直すには、記者が無償で運営にあたる体制を変えるよう求める会員の声もある。

日本外国特派員協会の会見(報道昼食会)で質問に答える田中角栄首相(当時)=1974年10月撮影(同協会提供)1

 協会は1945年、終戦に伴い日本に着任した特派員が創設。冷戦下の朝鮮戦争の動向や日本が復興するさまを世界へ伝えた。日本国内の出来事だけでなく、ベトナム戦争などでアジア取材の拠点となった。
 日本の歴代首相が訪問し会見することで知られる。「新聞嫌い」の佐藤栄作首相も、特派員には弁舌滑らかだった。74年には、当時の田中角栄首相を金脈問題で追及し世界に打電。辞任の流れをつくった。

日産自動車元会長カルロス・ゴーン被告の弁護団会見。その主張が世界に配信された=2019年1月8日、日本外国特派員協会で

 最近も注目度の高い会見を数多く開く。日産自動車元会長カルロス・ゴーン被告の代理人の主張が世界に配信された。スポーツ選手や文化人の登壇も多い。
 後進の育成にも力を注ぐ。記者志望の学生を対象に会員資格を提供し、研修を通じ専門性を養ってもらう。優秀な記事や映像作品を募り、毎年100万円の奨学金を基金に積み立てている。
 社会的意義の大きさの半面、経営には緩みが目立った。
 協会は2014年に公益社団法人に移行。寄付に税制上の優遇措置があるが、中立性を保つためむやみに募れない。会員の増加も見込めない中、18年に事務所を移転。特派員と日本の要人らの交流の場となるサロンに、豪華な調度品をそろえて支出がかさんだ。
 30年以上の会員で協会の会見の企画責任者を務めるジャーナリストの神保哲生氏は「会長をはじめ経営に携わる人は過半数が記者で、専門性のない社外取締役のようなもの。責任範囲も明確ではなく、根本的にガバナンスが緩い構造だ」と指摘する。
 神保氏によると、1990年代前半ごろまでは所属報道機関から協会の運営を仕事として認められ、会長や理事は実質有償で運営していた。今は多くの海外メディアに余裕がなくなり、本業の傍ら空き時間に無償で運営に当たっている。
 「サラリーマン記者では務まらない役職になっている。少なくとも会長には報酬を払い、経営の立て直しに責任を持たせるべきだろう」と神保氏は話す。
 ある会員は「時代に見合ったサイズに縮小することも必要だ。協会の価値を理解する経営の専門家を招いてはどうか」と提言する。(皆川剛)

 日本外国特派員協会 1945年、第2次世界大戦の連合軍の従軍記者がつくった「東京特派員クラブ」が前身。外国人記者のアジア取材の拠点となったほか、政財界から文化・スポーツまで多彩なゲストを招いた会見が有名。2014年に公益社団法人に改組。丸の内二重橋ビル(東京都千代田区)に事務所を構える。

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