学校部活にはびこる体罰、暴言…「指導に暴力はいらない」

2020年9月11日 06時00分
<タイムライン>
 日本のスポーツの現場で多くの子どもたちが「虐待」を受けている―。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)は、当事者への調査をまとめた報告書「数え切れないほど叩(たた)かれて」で、学校の部活動などで暴力や暴言が今もはびこる実態を明らかにした。スポーツ界全体で効果的な対策を講じていくよう求めている。東京五輪・パラリンピックを控える日本は、積年の課題を解決できるのか。(神谷円香)

HRWの動画に出演した(上から下へ)中井里衣子さんらユニサカのメンバー。「体罰が選手のためになるという考え方は間違っている。暴力を報告しよう」「好きなスポーツをやめろと言われたくない。アスリートの心を傷つけないでほしい」などと訴える=ⓒ 2020 Human Right Watch




◆「虐待追跡できてない」国際人権団体の危惧

 「日本では、子どもアスリートの虐待を包括的に追跡できない。HRWの調査では、草の根、エリートスポーツの双方で行われている」。7月、報告書発表のオンライン記者会見で、HRWグローバル構想部長のミンキー・ウォーデン氏は指摘した。
 HRWは1~6月、スポーツの経験者約800人にインタビューとオンラインアンケートを実施した。アンケートに答えた25歳未満の381人のうち19%が何らかの暴力行為を受けていた。

◆まるで軍隊、恐怖で支配

 中学で野球部だった23歳の回答者は「数えきれないほどたたかれた。監督に本気で走っていないと言われて、集合の際に呼ばれて、みんなの前で顔を殴られた」と振り返っている。この証言は、報告書のタイトルの元になった。
 ほかにも「軍隊的なところがあった。恐怖で支配されていた」「グラウンドに直接配達させた食事を無理やり食べさせられた」「けがをしたら怒られていた。痛くても毎日痛み止めを飲んでトレーニング」などと赤裸々に語られた。短髪や丸刈りの強要、「治療」と称して服を脱がせるなど性的虐待の告白もあった。

◆暴力根絶の世代なのに…

 25歳未満は、日本体育協会(現日本スポーツ協会)や日本オリンピック委員会などが「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」を出した2013年以降に、部活動をしていた世代に当たる。HRWはその回答に着目したが、暴力根絶には程遠い現実が浮かぶ。
 13年の宣言は「スポーツの品位とスポーツ界への信頼を回復する」などとうたう。きっかけは前年末、名門で知られた大阪市立桜宮高バスケットボール部の主将が顧問からの暴力を苦に自殺したこと、柔道女子の日本代表らトップ選手15人が監督らからの暴力を告発したことだった。
 スポーツ法が専門で報告書を外部から監修した杉山翔一弁護士は「13年はスポーツ界最大の危機として、文部科学省なども積極的に情報発信してきた」と話す。宣言後、競技団体は通報相談窓口を設けるなど対応してきた。

◆責任追及に統一基準なし

 ただ、HRWは窓口の運用や相談案件の調査の仕組みが競技団体によりばらばらで、虐待をした指導者の責任追及のあり方に統一基準がないと問題視する。15年に発足したスポーツ庁も虐待に関する調査はしていない。杉山弁護士は「対応は専門性が高く、競技団体の一介の職員には過剰な要求かもしれない。選手も自分の競技組織に告発するのは勇気がいる」と第三者機関の必要性を語る。
 HRWは、スポーツをする子どもの虐待に対応する独立行政機関「日本セーフスポーツ・センター」(仮称)の設置を提言している。モデルは米国セーフスポーツ・センターだ。体操米国代表チームのスポーツ医による選手への性的虐待が判明したのを機に、17年に開設された。改革で先行する英国やスイス、カナダなどでも取り組みは進む。

◆五輪・パラを機に変革を

 HRW日本代表の土井香苗氏は「行政に新組織をつくるのは容易ではないが、日本にだけできない理由はない」と話す。報告書に出てくる証言者たちが仮名であることにも触れ「今も言えない、というのが日本の状況。東京五輪・パラを機に言えるように変わってほしい」と願う。
 HRWは22年度から始まる予定の第3期スポーツ基本計画に「虐待からの保護」の施策を盛り込むよう求める。計画を所管するスポーツ庁は昨年、競技団体に健全な運営を促す指針「ガバナンスコード」を策定しており、取材に「ガバナンスコードなどに基づいたさまざまな取り組みを進めている」と引き続き暴力根絶を目指す姿勢を示した。

 ヒューマン・ライツ・ウオッチ 1978年設立の非政府組織(NGO)。本部は米ニューヨーク。世界90カ国で人権が守られているかを調査し政策提言している。五輪・パラリンピックなど大規模なスポーツイベントの際は、開催国でのスポーツにおける人権問題を調べている。

◆「アスリートの声聞いて」立ち上がる学生たち

 殴る蹴るのあからさまな暴力だけが「虐待」ではない。体罰の禁止は学校教育法にもあるが、どこまでが指導でどこからが体罰か、選手自身があやふやな場合もある。
 大学スポーツの変革を目指す学生団体「ユニサカ」のメンバーで、HRWの調査に協力した慶応大ソッカー部3年中井里衣子(りえこ)さん(21)は「日本の部活は苦しくて厳しくて当たり前というイメージがある。練習の一環でしょうがないと思ったらそこまで」と、強豪校にいた自身の高校時代を振り返る。
 うまくプレーできなかった罰として走らされるのも「自分が強くなるためだと思っていた」という。「苦しい経験を乗り越えて成長できた」と美化してしまうのも、暴力を次の世代へと連鎖させてしまう一因と考える。
 転機は高校2年の米国へのサッカー短期留学。自己肯定感を持ってプレーする選手を目の当たりにし、衝撃を受けた。「日本の学生スポーツを変えたい」と思った。
 ユニサカでは、好きで始めたスポーツが苦痛に変わってしまった人たちの話を聞いてきた。
 HRWが調査に合わせて作った啓発動画にユニサカの仲間と出演し、「なぜ暴力を受けなければならないのか」「アスリートの声を聞いてください」などと訴えている。

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