「バカ」の研究 ジャン=フランソワ・マルミオン編

2020年9月13日 07時00分

◆知識人が真面目に論じる
[評]粂川麻里生(慶応大教授)

 近代は人間がしゃかりきになって「利口」になろうとしてきた時代である。「知性」と「知識」をもって、外なる危険である「自然」と内なる危険である「野蛮」を克服しようとしてきた。
 だから「知性」と「知識」の反対、すなわち「バカ」は近代においてはもっとも排除されるべきものである。バカになってはいけないし、バカをいってもいけないし、ましてバカを総理大臣や大統領になどしてはいけない。しかし、近代ももう何度目かの曲がり角を曲がった今日、われわれはいたるところに「バカ」を見ている。
 本書はそのような時代認識を出発点に、フランスの心理学者・雑誌編集長のジャン=フランソワ・マルミオンが、欧米の代表的な知識人二十二人に寄稿を依頼し、「バカとは何か」を真面目に論じさせた珍(?)企画である。この原書はフランスでは八万部を超えるベストセラーとなったという。寄稿者はダニエル・カーネマン(経済学者・ノーベル賞受賞)、アントニオ・ダマシオ(神経科学者)、ダン・アリエリー(行動経済学者)、ハワード・ガードナー(発達心理学者)など、いずれも各分野の世界的権威。「バカ」とは程遠く思える人々が、それぞれの見地から「バカ」を論じる。
 しかし「バカ」という言葉の意味も自明ではない。したがって、どの論者も「バカとは何か」という問いを回避することはできないのだが、この問いに最終的な答えを与えたひとはいないようにみえる。知識が足りないからバカなのか、思考が遅いからなのか、感情的になるとバカなのか、子供はバカなのか、脳機能が衰えているとバカなのか…。いずれの問いにも、はっきり「然(しか)り、それが“バカ”だ」と答えることはできない。
 それどころか「間違え」たり「知らな」かったり、つまり「バカ」なことがあってこそ、人間は何かを創造できる、という話にもなってきて…。本書を読んで「バカではない」ほうが良いのかどうかさえ分からなくなってしまった私は、結局ますますバカになったのでしょうか。
(田中裕子訳、亜紀書房・1760円)
フランスの心理学者で心理学専門雑誌編集長。編著に『バカの世界史』(未邦訳)など。

◆もう1冊

中野信子著『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)

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