首里(しゅり)の馬 高山羽根子(はねこ)著

2020年9月13日 07時00分

◆記憶を記録として残すために
[評]杉江松恋(まつこい)(書評家)

 人間は記憶の集積体である。
 しかし、記憶は極めて脆(もろ)く、失われやすい。だからこそ記録として固定しなければならないのである。第百六十三回芥川賞を受賞した高山羽根子『首里の馬』は、世界から失われつつある記憶を守り、残そうとする者の物語だ。
 舞台が沖縄に設定されているのは、彼の地の支配者が幾度も変わったため、歴史が「とぎれとぎれの歯抜け」になっているからだろう。視点人物である未名子は、在野の研究者である順(より)さんが私的に運営する、郷土資料館を手伝っている。館の収蔵物はすべて順さんが集め、インデックスをつけて分類したものだ。未名子の仕事は、そのインデックスを改めて確認し、整理することである。幾度も幾度も二人は確認を行う。たとえ「変化なし」のスタンプを押すだけでも、その行為によって情報の強度は増すのだと未名子は考えている。
 物語の中盤でふたごの台風が沖縄に襲来する。一つの台風が過ぎた朝、未名子は家の庭に大きな動物がいるのを発見するのである。題名の由来になっている宮古馬(ナークー)だ。すでに行われなくなっている、琉球競馬という競技に使われていた品種なのだという。馬は、「とぎれとぎれの歯抜けの歴史」から送られてきた記憶の使者のようにも見える。
 小説の後半であることが起き、未名子は順さんが守ってきた記録を保存するために行動しなければならなくなる。「この島の、できる限りの全部の情報が、いつか全世界の真実と接続するように」という願いは、本作の中核にあるものだ。未名子は遠く離れた場所に住んでいる人々と定期的に連絡をとる仕事をしている。パソコンの画面を通して顔見知りではあるが、一度も会ったことがない彼らに協力を求めようとするのである。
 高山には記憶の曖昧さがモチーフとなる作品が多い。本作ではさらに踏み込んで、記憶の保持が重要な主題となったのだ。歴史修正主義など、記憶の上書きがはびこる時勢だからこそ、それが失われないように、という祈りの声が尊く感じられる。
(新潮社・1375円)
1975年生まれ。作家。著書『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』など。

◆もう1冊

高山羽根子著『オブジェクタム』(朝日新聞出版)

関連キーワード

PR情報