靖国神社論 岩田重則著

2020年9月13日 07時00分

◆死者を神として祀る意味とは
[評]長山靖生(文芸評論家)

 神社は宗教施設であり文化装置だ。それは戦没者を祀(まつ)っている靖国神社も変わらないだろう。神道ではあらゆるものが祭神になり得る。偉業や、強い思いを残して死んだ人を神として祀るのは、珍しいことではない。
 しかし現在、靖国が話題にされるのは、政治家の参拝や戦犯の合祀(ごうし)問題など、肯定にせよ否定にせよ、政治的文脈においてだ。著者は、神とは人が想像した架空の存在というスタンスに立ち、だからこそ死者を神として祀ることの現世的意味を掘り下げていく。本書には膨大な文献渉猟と、丹念な現地調査の成果がぎっしり詰まっている。
 嘉永(かえい)六(一八五三)年の黒船来航以降の国難に殉じた戦没者を祀る東京招魂社が東京・九段に創建されたのは明治二年のことだった。それが明治十二年に靖国神社に改称された。また、靖国神社が公式に「元宮」とする社(やしろ)がある。文久二年(一八六二)に徳川斉昭(なりあき)ら尊王の志士四十六人を祀った祀宇(しう)が京都にあったのだという。しかし本書は靖国神社の起源を、それより遥(はる)かに古く、江戸前期にまで遡(さかのぼ)って考察している。
 南朝正統論の史観に立った水戸学が、楠木正成(まさしげ)を理想の「忠臣」と賞揚。「忠臣」は儒学、「七生報国」は仏教思想に基づく概念だったが、次第に独自の日本的解釈へと変質していく。さらには尊王思想ながら、幕府の天皇輔弼(ほひつ)体制を肯定する論理だった水戸学が、他藩に広まるにつれて変質し、倒幕の理論へと発展していく過程なども、「忠臣の神祭」との関連で考察される。
 吉田松陰(しょういん)や真木和泉(まきいずみ)、また長州藩の奇兵隊戦没者(病没や自死も含む)の祭祀が、靖国神社の源流として論じられているのも興味深い。それにしても松陰没後、彼を神として祀る祭祀を執り行った神職が、後に靖国神社初代宮司となる青山清だったとは……。
 死者を弔い祀るのは生者であり、その祭祀の変化は社会の変転を映している。本書は画期的な靖国論なだけでなく、明治維新や近代日本の「問い方」に新たな視座をもたらしたといえる。
(青土社・4840円)
1961年生まれ。中央大教授、歴史学・民俗学。著書『日本鎮魂考』など。

◆もう1冊

毎日新聞「靖国」取材班著『靖国戦後秘史』(角川ソフィア文庫)

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