「おじさんの国」問う 初の長編小説を出版 松田青子(まつだ・あおこ)さん(作家・翻訳家)

2020年9月12日 13時34分
 ある日突然、おじさんたちだけ、少女の姿が見えなくなる。おじさんたちの粘着質な視線から逃れた少女たちはかつてない自由を味わう。セーラー服や体操着も性的な意味を持たなくなり、不安と恐怖から解放されるのだった−。
 そんな近未来SFのような描写で始まる小説『持続可能な魂の利用』(中央公論新社)を五月に出版した。作家・翻訳家の松田青子さんの、初の長編小説だ。
 もちろんこの描写は、女性を性的に消費する現実社会を痛烈に皮肉っている。「おじさん」は男性中心社会の象徴。男性の既得権益を守る社会構造を支持する人は、若者でも女性でも「おじさん」だ。
 「SNSのおかげで女性の言葉がようやく可視化され、『変だよね』という違和感の正体が性差別だとわかるようになった人も多いはず。日本はもうギリギリの状況。たとえ野暮(やぼ)と言われても、直球で書こうと思った」と言う。
 主人公は派遣社員の三十代女性。職場の四十代の男から陰湿な嫌がらせを受け、退職に追い込まれる。「おい、女、女がふざけんじゃねえぞ。力で太刀打ちできないくせに、調子に乗ってんじゃねえ」。そんな台詞(せりふ)も出てくる。わざと少女を触って電車を降りる男、公園で遊ぶ女児を狙う盗撮魔。日々起きる性差別や性暴力が淡々と描かれる。
 刊行後、書評に驚いた。女性の書評家や書店員たちが自分が遭った痴漢やセクハラの被害を吐露していた。一方で、「極端な話だと思う人がいるかもしれないが」などと前置きして紹介している人も。「私は現実を書いただけなので、不思議に感じた。男性中心の視点からだと極端に感じるのかもしれない。読み手の立ち位置が見えてくる気がします」
 作品は、現代と近未来とを行ったり来たりする構成。差別のない世界で生きる未来の少女たちが、男性中心の現在の日本社会を「過去の歴史」として学び、批判的に発表する場面が印象的だ。
 この小説はアイドル論のような側面も持つ。主人公の女性は、あるアイドルグループの中心メンバーの少女に強くひかれる。少女は笑顔を見せずに挑戦的なポーズで、反抗的なメッセージが込められた歌詞を歌い踊る。男性ファンが求める「かわいくて、従順」なアイドル像とは正反対。グループの女の子たちが、物語の最後で逆転の鍵を握る。
 松田さんのこれまでの作品も、自身の経験や感覚が生かされている。『英子の森』(二〇一四年)では「グローバル」という幻想を餌に、非正規労働者を搾取する英語関連の産業を描いた。登場する仕事の数々は、大学卒業後、実際に経験したものばかりだという。
 連作短編『おばちゃんたちのいるところ』(一六年)は、幽霊たちが切羽詰まった現代人を助けるユーモラスで心温まる怪談。「四谷怪談のお岩さんをはじめ、作者が男性なので女性が残酷な目に遭う話が多い」と、現代風に翻案した。
 性差別への違和感を持ったのはいつだったのか。「子どものときはアトピー性皮膚炎がひどくて、そもそも『普通』じゃないと排除される感覚があった。男性の視点でつくられたメガネを外すような感覚で、世の中が見え始めたのは二十代後半くらい。自分の実感が入るので、よけいに発見や面白さがあった」
 昨年出産し、今春から文芸誌「すばる」でエッセーの連載を始めた。書き出しは、「籍を入れないまま、去年子どもを産んだ」。夫婦別姓にできないので婚姻届は出さなかったが、妊娠した時から役所や病院の対応に違和感の連続だった。「小説には書ききれないことを書く」と、妊娠・出産で感じた「変なこと」を小気味よい筆致でつづる。
 小説やエッセーで共通して発信しているのは「おじさんの国」である日本社会の不条理だ。「男女ともに頑張りすぎて追い込まれ、女性はさらに苦しい思いをしている」
 新刊の「持続可能な魂の利用」というタイトルに込めた思いとは−。「最近、環境問題などで持続可能性という言葉が使われる。魂を言い換えると、情熱や、世の中に抗(あらが)おうという気持ち。みんなが魂を擦り減らさず、長持ちさせて生きていける世の中にしたい」 (出田阿生)

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