国分寺の歴史的建築「沖本邸」を血縁ない主婦が相続…私費でカフェに改修 市は国有形文化財に申請

2020年9月17日 07時11分

洋館

 血縁のない近所の高齢者から、歴史的価値のある邸宅と広大な敷地を譲り受けることになったらどうしますか。売却すれば莫大(ばくだい)な資産を手にできる−。こんな皮算用をしたくもなる。ところが、国分寺市の主婦、久保愛美(なるみ)さん(53)は私財を投じて邸宅をカフェに改修し、保存することにした。邸宅の名は「沖本(おきもと)邸」。「地域のシンボルになってほしい」という久保さんの望みに応え、市は国の有形文化財に申請する。
 JR国立駅から東へ徒歩約十分。竹垣に囲まれた竹林の奥に、洋館と和館の二棟が姿を現す。洋館は一九三二年に貿易商の土井内蔵(くら)の別荘として建てられた木造二階建て。土井のおいで国登録有形文化財の「旧松本邸」(兵庫県宝塚市)などを手掛けた川崎忍が設計した。三七年に海軍少将の沖本至に渡り、四〇年に洋館の隣に木造平屋建ての和館が建てられた。
 沖本の死後、次女京子さんと三女智子さんの二人が住み続け、維持してきた。現在、改修の足場が組まれている洋館、和館は、ほぼ建設当時のままの姿だ。逆に言えば、手入れが行き届いているようには見えない。敷地面積は約六百坪。広大な庭も荒れている。久保さんは「劣化が激しく、価値のある家だとは思わなかった」と振り返る。

和館=いずれも武蔵国分寺跡資料館提供

 久保さんが土地・建物を相続するまでには、沖本姉妹との長い親交があった。二〇〇二年、久保家が沖本邸の近所に引っ越し、あいさつに行ったことがきっかけだった。当時八十代だった姉妹を久保さんは気にかけ、クリスマスや正月に自宅に招き一緒に食事をしたり、旅行に行ったりと家族ぐるみで交流した。
 姉妹には後継ぎがなく、久保さんが無償で介護を引き受けるようになった。「私たち以外に近所付き合いをしていなかったようで心配だった」。一三年に病気で入院した京子さんから相続を持ち掛けられた。京子さんは一六年に九十七歳で亡くなり、現在九十九歳の智子さんは老人ホームに入所した。
 相続はしたものの、周囲からは取り壊しを勧められた。多額の改修費がかかるからだ。久保さんは市の調査後に沖本邸の歴史的価値を初めて知った。「二人が大切にしてきた家だ。取り壊すのは忍びない」と今年六月に改修を始めた。

修理中の沖本邸洋館の前で「私の代では壊したくない」と話す久保愛美さん

 市によると、国有形文化財に登録されても、改修費や固定資産税の公的補助はほとんどない。久保さんは「カフェの経営で保存費用を捻出できれば」と話す。カフェの開店は智子さんと話し合っていたアイデアなので「工事が終わったら、智子さんに見てもらいたい」。洋館はカフェ、和館はギャラリーに生まれ変わる。
 十月四日のオープンに向け、沖本邸を囲む竹林の入り口に看板を掲げた。姉妹への思いを込めてこう刻んだ。「カフェおきもと」

◆市、国有形文化財申請へ

 国分寺市によると、沖本邸は市内に現存する最古の別荘建築・洋風建築。10月に洋館と和館をそれぞれ国有形文化財に申請する。同市と共に沖本邸の調査をした東京都立大学非常勤講師の志岐(しき)祐一さん(建築史)は「戦前期の東京近郊の住まいの姿を伝える貴重なものだ」と説明する。
 土井内蔵と川崎忍の親戚にあたる橘田(きつだ)洋子駒沢女子大学特任教授(インテリアデザイン)は「床や窓、キッチンなど、長年住めば取り換えることが多いところも、ほとんど建設当時のままで残っており、非常に価値がある。家を愛して住んでいたことが伝わってくる」と話した。
 文と写真・竹谷直子
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