魯肉飯(ロバプン)のさえずり 温又柔(おんゆうじゅう)著

2020年9月20日 07時00分

◆「あたりまえ」のはざまで
[評]清原康正(文芸評論家)

 就職活動の失敗から逃げるように理想的な相手と思えた聖司と結婚した桃嘉(ももか)は、夫の浮気に気づいたこともあり、自分が言いたかったことが夫に全く伝わってないことに絶望して悩んでいた。
 桃嘉は日本人の父・茂吉と台湾人の母・雪穂(ゆきほ)を持ち、日本で生まれ育った「ふつうの女の子」。別々の言葉で生きてきた両親がお互いを信じ合って二十五年も一緒にいる。どうしてそんなことが可能なのだろう、と桃嘉は思う。
 桃嘉の結婚と離婚の顛末(てんまつ)を、桃嘉の視点と雪穂の視点から交互にとらえていくことで、台湾と日本のはざまで生きる母娘のそれぞれの心の痛みが描かれていく長編。
 夫は桃嘉が作った台湾風豚肉煮込みご飯・魯肉飯を、日本人の口には合わない、「ふつうの料理」のほうが好きだと言う。夫は、自分にとっての「あたりまえ」は誰にとってもあたりまえなのだと信じて疑わないひとだった。
 桃嘉は、台湾語と中国語まじりの日本語で喋(しゃべ)る母が「ふつうのお母さん」と違うことを自覚していたが、小学六年の頃、うちの外では日本語だけを話して、と文句を言ったことがある。この「ふつう」や「あたりまえ」は、ひとによって異なるものだ。
 桃嘉は離婚後、中国語専門学校の入門講座に通う。講師の百瀬を通して、桃嘉は台湾中国語のことや日本統治時代の日本語教育のことなどを知る。日本と台湾の関係に触れられているのは、百瀬との会話の中だけである。
 本書の奥付の紹介に、作者は一九八〇年、台北に生まれ、三歳の時に家族と東京に引っ越し、台湾語まじりの中国語を話す両親のもとで育った、とある。
 魯肉飯はじめ台湾料理の匂いと味わい、台北の伯母たちが台湾語まじりの中国語で喋っているけたたましいさえずりなど、料理の匂いや言葉の響きを生き生きした文章で綴(つづ)っており、作者ならではの感性を感じる。物語のラストに「ことばがつうじるからって、なにもかもわかりあえるわけじゃない」と記されているのが強く印象に残る。
(中央公論新社・1815円)
1980年生まれ。作家。著書『台湾生まれ 日本語育ち』『来福の家』など。

◆もう1冊 

吉田修一著『路(ルウ)』(文春文庫)。台湾新幹線プロジェクトで生まれる日台の絆。

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