諦めなかった先人に感謝 『明治を生きた男装の女医 高橋瑞物語』 歴史社会学者・田中ひかるさん(49)

2020年9月20日 07時00分
 明治時代の医事制度下で誕生した三人目の女性医師、高橋瑞(みず)(一八五二〜一九二七年)の生涯を、記録と脚色を交えたノンフィクションノベルで描いた。当時の女性蔑視や貧困の中、凄絶(せいぜつ)な努力と苦労の末に「女や赤ん坊を救う医者になりたい」との志を貫いた瑞。田中さんは「医者になれる保証もないのに、全然諦めないところがすごいなと思って。ああ、こういう人もいるんだな、と力をもらいますね」と先人への思いを語る。
 瑞の歩みで大きな一つが、医術開業試験の受験に必要なのに女性に門戸を閉ざしていた医学校などへの入学だった。産婆の資格を得て働いていた瑞は、東京・湯島の私立学校「済生学舎」で学べるよう、顔も知らない校長を校門の脇で待ち続け、四日目の朝に直訴。重い扉をこじ開ける。
 突破口を開いた瑞に、後輩たちが続く。同校が再び女子学生を受け入れなくなるまでの十六年間に四百人以上が学び、百人近い女医が誕生したという。その中には東京女医学校(現・東京女子医科大)を創設した吉岡彌生(一八七一〜一九五九年)も含まれる。
 一八八七年に三十四歳で医術開業試験に合格した瑞は、東京・日本橋で開業。さらに産婦人科学を学ぼうと、ドイツの大学に私費留学を試みる。現地に着いてから女子学生を受け入れていないことを知るが、下宿の女主人マリーさんらの尽力もあって聴講を許された。本書のカバーを外した裏表紙を飾る写真は、洋装の瑞が恩人のマリーさんと一緒に写る貴重な一枚。田中さんが古書を当たって入手した瑞の和歌集に掲載されていたという。
 瑞を取り巻く人たちも多数登場する。医術開業試験に女性で初めて合格した荻野吟子(一八五一〜一九一三年)や、光が当たることの少ない二人目の生澤久野(一八六四〜一九四五年)らについて、その道のりや心情が丹念に描かれる。
 田中さんが本作に着手したのは、日本の生理用品の歴史をまとめた『生理用品の社会史−タブーから一大ビジネスへ』(ミネルヴァ書房、二〇一三年)を出した後。「生理用品もそうなんですけど、想像を絶する状況で成し遂げた人がいて、今の生活がある。感謝の気持ちでいっぱいです。先人たちがいて、今があるということを、できれば皆さんに知ってほしい」。中央公論新社・一九八〇円。 (北爪三記)

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