<ブルボン小林 月刊マンガホニャララ> (17)漫画は簡単に役満をあがれる

2020年9月21日 07時12分
 麻雀(マージャン)漫画ではない、普通の漫画の中で、人物が麻雀をする場面が気になる。やたらと役満をあがるのだ。
 漫画に限らない。米倉涼子がドラマで演じた天才外科医も麻雀をしていて「ローン、大三元!」とか軽く言っていた。
 フィクションの中で、筋と無関係に人物が遊戯に興じる場面は、いわばアクセントだ。天才外科医ならば厳しい医療現場ではあり得ない、くだけた表情をみせることができる。
 パチンコなどと違い、複数人が向かい合う麻雀は「構図」も作れるし会話も入れやすい。何をしているかも分かるし、フィクションの余録に向いている。
 余録、つまり勝敗の醍醐味(だいごみ)はどうでもよく、ゆえに役をあがってシーンが終わることが多い。で、麻雀は安い役はピンフとかタンヤオとか、音からしてヘナヘナで弱そう。役満は「国士無双」とか景気がよい、かっこいい響きのものばかり。
 「ツモタンヤオ」とかいうよりも「大三元!」で終わった方が、なんつうか、場面が締まるんだろう。
 それで、多くの漫画でもやたら役満をあがる場面に遭遇するのだが、僕はいつもヒヤリとする。作者が麻雀をよく分からないまま、編集者に少し聞いたくらいの知識のまま、簡単に描いたようにみえることが。
 誰だって役満をあがることはあるし、そう描ける。だからといってそう描いてしまう「手つき」が危うい。ドラマでみるよりも漫画だとより、ヒヤリとする。漫画それ自体が「奇跡」を取り扱う表現だからだ。奇跡を軽々に、それも余録になんか描かないでくれ、と胸が苦しくさえなる。

眉月じゅん『九龍ジェネリックロマンス』*『週刊ヤングジャンプ』(集英社)で連載中。既刊2巻。

 眉月(まゆづき)じゅん『九龍(クーロン)ジェネリックロマンス』一巻を読んで僕は気絶しそうになった。作中の男が(本筋と無関係の日常場面で)簡単に「緑一色(リューイーソー)」をあがったのだ!
 麻雀下手の僕が生涯で一度あがってみたい、美しい、夢の役満だ。大三元や国士無双と比べても別格の難しさだろう。
 もちろん、作中の人がそれをあがれるわけないとは思わない。だが、あがられた連中が「しかも緑一色」と嘆き、男は「今日の俺ってば持ってるな〜」と笑って、おしまい。
 そんなわけあるかい! 緑一色あがったら半年は語り草だ。昔の社長さんなら記念にテレホンカードを作って配る。描けるからって、なぜ大三元でとどめなかった! 僕は鼻白んだ。
 香港の九龍城砦(じょうさい)をモデルにした(未来の?)都市を舞台にした恋愛物だ。主人公は不動産屋に勤める女で、同僚のガサツな男に恋をしている。男の持つ写真に写っていた、彼が過去に愛した女の姿は自分に瓜(うり)二つだった。謎に悩みながらも、憂いにとらわれ過ぎず元気に動き、食欲も旺盛な女の姿が魅力的。

2度目の緑一色も軽く炸裂。「ウフフ悪いわね」じゃすまないだろう!=眉月じゅん『九龍ジェネリックロマンス』2巻から

 周囲はゴミゴミと埃(ほこり)っぽくもエネルギッシュな九龍の雑踏に、やはりこの作者特有のエネルギーに満ちた線で描かれる男女が立ち、恋情に頬を紅潮させる。景色と人のぶつかり合いだけでワクワクするのだが「簡単緑一色」でガックシ!
 だが最新刊で二度目の緑一色が炸裂(さくれつ)し、今度は気絶せず驚いた。緑一色に用いる牌(はい)の一字「發(はつ)」が、この世界の秘密に関わっているようでもあるのだ。なぜ奇跡的役満を「簡単に」あがれたのかも解がある? だとしたら脱帽だ。二人の恋の行方とともに追いかけたい。
 (ぶるぼん・こばやし=コラムニスト)
 

関連キーワード

PR情報