練馬の王道 庭先販売 区内に262カ所 都市農家の生きる道

2020年9月22日 07時06分

自宅前に設けた販売所で買い物客と話す「五十嵐農園」の(右から)五十嵐宏さんとまり子さん夫妻

 農家が畑や玄関先に新鮮な野菜を並べて売る直売所。ほのぼのとした地方の風景だと思っていませんか。実は練馬区でも盛んで、区内に262カ所もある。いやむしろ「庭先販売」こそが練馬では王道スタイルで、区内農家の半数以上が取り組んでいる。そこには、都市化と市場競争の中、農家たちが見いだした生き残り策があった。
 住宅街の一軒家の門扉に並んだナスに枝豆、空心菜…。かごに盛られた十数種類の野菜はどれも鮮度抜群だ。「五十嵐農園」の五十嵐宏さん(65)は朝採れの野菜を眺めながら、「大事なのは鮮度。お客さんから直接、おいしいって言われると励みになるね」と笑う。
 この日も午前九時ごろから野菜を並べると、次々と客が訪れた。近くの男性(80)は「丹精込めて作っていて、おいしいんだよ」と小松菜を購入。枝豆を手にした主婦(38)は「直売は農家の顔も畑も見えて、安心して子どもに食べさせられる」と話す。

「五十嵐農園」の販売所で小松菜を買う常連客

 練馬は江戸時代から農業が盛んな土地だった。だが、戦後は都市化の波にのまれる。高度経済成長期にはマイホーム需要も高まり、都市部の農地不要論が拡大。練馬の農地もどんどん宅地に変わる中、新興住宅街の住民から「砂ぼこりが舞う」「肥料がくさい」と農家への苦情が出始めた。
 「三百年前からここで農業やっているのに、なんで文句を言われなきゃいけないんだ、と思ってました」と苦笑いするのは、江戸時代から代々農業を続ける白石好孝さん(66)だ。七八年に就農した白石さんは「当時の農家には市場流通で評価されてこそプロだという意識があった」と話し、住民に直売する意識はなかったという。

コインロッカー式の直売所に野菜や卵を入れる「白石農園」の白石好孝さん

 一方、物流の発達とともに、市場では野菜を安定して大量供給できる地方の一大生産地との厳しい戦いにさらされ、練馬の野菜が安く買いたたかれてしまうこともあった。
 苦しい状況に追い込まれる中、練馬の農家たちは発想を転換する。区都市農業課の三浦真吾さんは「農業を続けるためには消費者である近所の人に畑の大切さ、自分たちの野菜のおいしさを知ってもらう必要があると考えた。そして、朝採れ野菜を直接売る庭先販売が始まった」と話す。
 白石さんもキャベツをおすそわけした新住民の主婦から「味が違うわね」と喜ばれたことで考え方を変えた。「ファンを増やすことが大切。地域に開かれた農業を目指そう」と、八〇年代後半から庭先販売に本格的に取り組みだした。
 こうした考えが白石さんら当時の若手農家に広まっていき、練馬の庭先販売の礎は築かれた。今では庭先販売する農家は、市場出荷する農家の約三倍に。家庭のニーズに対応し、一品種を大量生産するのではなく、多品種を少量生産するよう農業スタイルまで変化した。年間で二十〜三十品目を作る農家も珍しくないという。

ナスの育ち具合を見る白石さん=いずれも練馬区で

 住民に寄り添うことで生き残った練馬の農業。「三十年かけて、農地の大切を理解してもらうことができた。この道を選んで正解だった」と白石さん。「これからは狭い土地の中でいかに高付加価値のものを作れるかが重要だ」と先を見据える。練馬の農業は新たな挑戦の時代に入っている。
 文・西川正志/写真・安江実、川上智世
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