<ねぇゴローちゃん!腹話術師の旅日記>「母子像の兄弟」笑わせたい 横浜・米軍機墜落事故 慰霊の場

2020年9月24日 07時08分

2014年9月、「愛の母子像」前で腹話術を演じたしろたにさん(古川玄太郎さん撮影)=横浜市中区で

 まもなくあの日、九月二十七日がやってきます。
 四十三年前、厚木基地を離陸した米軍機が横浜市青葉区(当時緑区)の住宅街に墜落し、一帯は火の海に。裕一郎ちゃん=当時(3つ)=と弟の康弘ちゃん=同(1つ)=が死亡、母の土志田(どしだ)和枝さんも四年四カ月後に三十一歳で亡くなりました。ほかに六人が重軽傷を負う大惨事でした。
 米軍機の乗員二人は緊急脱出し、自衛隊の救難ヘリコプターで基地に帰還。日本人は現場から締め出されました。
 お兄ちゃんは「パパ、ママ、バイバイ」とうわごとのように言って、息を引き取ったそうです。「もう一度子どもを抱きたい」と願った母。和枝さんの父は、娘や孫の死を無駄にしないために、横浜の港の見える丘公園に幼子を抱く母の像を建立しました。
 二〇一四年、親友の斎藤真弘さんから電話がありました。「『愛の母子像』前で、ゴローちゃんをやってくれないか」。斎藤さんは事故の資料を丹念に記録し、自宅に平和資料センターを開設していました。
 依頼があったのは三十七周年の集い。私は二つ返事で出かけました。腹話術で笑いを届けることにためらいがあって、それまで何もできずにいたのです。
 集いには事故現場近くの中学生たちも出演し、この事故を題材にした朗読劇を披露。私は、保育園の子どもたちが大喜びする掛け合いを演じました。「ゴローちゃんの血液型は何型?」「クワガタ」「じゃあ、星座は?」「ギョーザ」
 わずかしか生きられなかった幼い兄弟を笑わせたいと思っていました。
 (しろたにまもる=寄稿)

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