<スポーツ探偵>プロ野球 100年前、初の球団があった 

2020年9月25日 07時06分

1923(大正12)年、芝浦球場で撮影された日本運動協会のメンバー=ベースボール・マガジン社提供

 日本で最初のプロ野球チームは? そう問われれば、ほとんどの人が「巨人」と答えるだろうが、実は違う。正解は「日本運動協会」。ちょうど100年前に設立され、港区・芝浦球場を本拠地にしたが、3年あまりで解散した。プロ野球1号チームはなぜ、歴史から消えたのか。謎の球団を調査した。

◆巨人じゃなかった

 ここに一枚の写真がある。挑むようなまなざしを向けるユニホーム姿の選手たち。後ろの客席に和服や軍服姿の観客が見えるのが、興味深い。これは大正時代、日本初のプロ野球チーム「日本運動協会」を撮影したものだ。
 「芝浦協会」とも呼ばれるこの球団ができたのは、今からちょうど百年前の一九二〇(大正九)年秋。野球殿堂博物館の資料によると、早稲田大学野球部OBの河野安通志(あつし)、押川清、橋戸信らが発起人となり、設立された。
 明治時代に米国から伝わった野球はこの頃、すでに学生を中心に全国で大流行していた。だが、河野らは米国ではプロである大リーグが繁栄していることを指摘。「日本でも職業野球を作らないと、将来は衰退してしまう」と野球のビジネス化を志した。
 帝大出身の初任給が三十五円の時代に月給十五円で選手を募った。島根商の山本栄一郎投手ら十四名を選んだまではよかったが、ここでつまずいた。対戦相手が見つからない。野球を金もうけの道具にするとは何事だと猛反発を受けた。「野球の芸人」とやゆされたこともあった。
 それでも彼らはあきらめなかった。合宿や地方の球団と実戦を積み、チームを強化。二二年九月九日。ついに早大と芝浦球場で本拠地初試合にこぎつけた。結果は延長戦の末の0−1で惜敗するも、「あの早大と好勝負をした」と話題に。その後はさまざまなチームと対戦を開始した。
 しかし、運命は残酷だった。二三年九月一日。関東大震災に見舞われた。マグニチュード7・9。死者・行方不明者十万人という大災害に芝浦球場は使用できなくなった。元々、赤字経営だった球団は二四年一月、解散を宣言。こうして日本初のプロ球団は短い歴史に幕を閉じた。
 野球殿堂博物館・関口貴広学芸員はこう評価する。
 「彼らの解散から十年後の三四年に巨人の前身の大日本東京野球倶楽部ができ、その二年後の三六年に今のプロ野球である日本職業野球連盟ができました。日本運動協会の単体での球団事業がうまくいかなかった反省を生かし、日本経済界を巻き込んで七球団によるリーグを作ることができたのは、彼らが先行したからではないでしょうか」
 ちなみに、日本運動協会は解散後、関西の阪神急行電鉄(現阪急阪神ホールディングス)に引き取られ、「宝塚運動協会」と名を変えたが、やはり対戦相手に苦労し、二九年に解散している。
 それでも、宝塚運動協会は「阪急」と名を変えて再出発した。日本運動協会の監督だった押川清は、後に中日ドラゴンズの前身である名古屋軍の創設に関わった。彼らが今のプロ野球の礎になったというのは言い過ぎだろうか。
 九月某日、芝浦球場があったと思われる港区の一角を訪ねてみた。倉庫やビルが立ち並ぶ光景からは、かつてここに野球場があったことをうかがい知ることはできない。
<今どうなってる?> 芝浦球場跡地を示す記念碑は港区海岸3丁目14の埠頭公園内にある。ただ、野球殿堂博物館では当時の地図から、実際にはもう少し北側の3丁目18や23付近にあったと推測している。

◆大震災に消えた歴史

雑誌「運動界」の1921(大正10)年8月号に掲載された芝浦球場全景図=野球殿堂博物館提供

 日本初のプロ野球フランチャイズ球場である芝浦球場の全景は、当時の雑誌「運動界」の挿絵で知ることができる。埋め立て地に建設したため、左翼壁のすぐ奥には東京湾が見える。
 グラウンドの広さは約2万平方メートル。左翼までは約90メートルとやや小さめだが、ほぼ正方形だったために中堅が異様に深い。ネット裏や一、三塁側に各1000人収容できるスタンドを配置。外野を含めると約2万人の観客を入れられたという。左翼壁には商業用の看板が掲げられ、打球が当たると賞金が出るものもあった。
 画期的だったのはここが総合スポーツ公園を目指していたこと。右翼後方には6面のテニスコートとクラブハウス。スポーツ用品の販売なども計画していた。
 返す返すも残念なのは、関東大震災だ。グラウンドには幅30センチの亀裂が東西に100メートルほど生じて水が噴き出し、使用不可能に。さらにその後は政府が復旧物資の置き場として球場を強制徴発。結局、そのまま取り壊されてしまった。歴史に「もし」は禁物だが、「もし、関東大震災がなかったら−」と思ってしまう。
文・谷野哲郎
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