<ふくしまの10年・イチエフあの時 事故発生当初編>(4)体の汚染 確認せず避難

2020年9月25日 07時23分

地震で天井パネルが落ちるなどした事務本館=東京電力提供

 東日本大震災の大きな揺れが東京電力福島第一原発(イチエフ)を襲った時、所内では東電社員約七百五十人、下請け企業の作業員約五千六百人の計約六千三百五十人が働いていた。
 高台にある事務本館では天井パネルが落下し、多くの棚が倒れた。机の下に隠れて机ごと動かされ、閉じ込められた人もいた。
 当時の吉田昌郎(まさお)所長(故人)は、事務本館の西側にある免震重要棟に避難し、グループごとに人数を確認するよう指示した。この棟は、免震構造で非常用発電機もあり、長く最前線基地として使われた。
 4〜6号機は定期点検中で、原子炉周辺の放射線管理区域では約二千四百人が作業をしていた。同区域を出るには、汚染検査を受ける必要があるが、ゲートを開けて避難を最優先した。「警備員もいなかった。身体汚染の有無も確認せず退出するしかなかった。地震で物が散乱した中、防護服を脱ぎ、自分の服に着替えるのも一苦労だった」。ベテラン作業員のハッピーさん(通称)は思い出す。
 避難はうまく進んだが、ゲート近くの建屋に保管されていた約五千個の個人線量計は、津波で水没し使用不能に。当初の作業員の被ばく線量が十分把握できない事態につながった。 
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