パレスチナ住民、失意の底に潜む怒り 「イスラエルの犠牲者、アラブは忘れたか」
2020年9月27日 06時00分
<消えた希望(上)>
◆国交正常化「やめてくれ」
パレスチナ自治区ガザ。20年前のあの日、偶然通り掛かった道で、イスラエル軍とパレスチナ治安部隊の銃撃戦が始まった。ガマル・ドッラ(55)は路上のドラム缶の陰に身を潜め、背中で息子ムハンマド=当時(12)=をかばった。「やめてくれ、ここにいるんだ」。応酬はやまず、やがてムハンマドが撃たれドッラの腕の中で息絶えた。自身も銃弾を浴び、後は覚えていない。
その20年後、ドッラはテレビで信じがたい光景を見た。米ホワイトハウス中庭、国交樹立合意の署名を前に、ほほ笑み合うイスラエルとアラブの首脳。「やめてくれ」。思わず、あの日と同じ言葉が漏れた。
◆経済悪化、蜂起の勢い失速
2000年9月。イスラエルの右派リクード党首シャロンが、エルサレムのイスラム教聖地を電撃訪問した。それをきっかけに、イスラエル占領下で抑圧されたパレスチナの怒りが爆発。第2次インティファーダ(民衆蜂起)が始まった。
ムハンマドが撃たれたのはその2日後。瞬間を海外メディアが偶然撮影し、広く報道された。「イスラエルの犠牲者」として、親子は闘争の象徴となった。「権利を取り戻す」と石や銃を手に取り、5年間で双方計5000人超の命が消えた。
パレスチナの抵抗を無視するかのように今月、イスラエルがアラブ首長国連邦(UAE)とバーレーンと国交を結んだ。ドッラの別の息子ムハンマド(18)は「アラブは兄さんを忘れたの?」と尋ねてくるが、ドッラはうまく答えられない。
パレスチナの憤りは激しいが、蜂起に向かう動きはない。抑圧された生活に加え、失業率は25%超。悪化する経済が人々から抵抗の力を奪っている。
「和平実現の道は2つ。再び蜂起するか、イスラエルの和平案をのむか、だ」。エジプト紙アハラム編集担当のアシュラフ・アブアルホルは、隣国の状況を悲観する。パレスチナには、占領を容認する和平案は受け入れがたく、交渉は行き詰まりを見せている。
◆「息子の血は無駄に」
強いられた「不幸」に、ヨルダン川西岸トルカレムのアフマル・アリエン(76)は疲れ果てていた。次男アフマド=当時(23)=は第2次蜂起中の01年3月、イスラエルの港街で自爆した。イスラム主義組織ハマスが送った「人間爆弾」の第1号だった。長男は03年に「テロ加担」の罪でイスラエルに捕まり今も服役中、三男はイスラエル軍に片目を撃たれて失明した。
残されたアリエンに、国交正常化は悪夢に見える。「息子の血は無駄になった」。そう思う一方で、諦めきれない気持ちもある。「アラブとイスラム諸国がいま一度、同じ思いで立ち向かえば…」。老いたアリエンには、パレスチナの未来は日没前のように薄暗い。(敬称略、カイロ・蜘手美鶴)
◇
パレスチナでイスラエルの占領に抗議する第2次インティファーダが始まってから28日で20年。今月、和平から逆行するようにイスラエルと2つのアラブ諸国が国交を樹立した。実現しない和平へのあきらめの色は濃く、若者はパレスチナの外にアマル(希望)を見いだそうともがく。
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