<カジュアル美術館>黒板(ヨーゼフ・ボイス 筆跡) 東京芸術大学大学美術館

2020年9月27日 07時14分
 時はバブル直前の一九八四年六月、東京芸術大学。体育館で数百人の学生を前に、「対話集会」に臨む六十代のドイツ人男性がいた。それが二十世紀を代表する前衛芸術家の一人、ヨーゼフ・ボイス(一九二一〜八六年)。これは、この時に使われた黒板である。
 「遠くからだったけど、生で見るボイスはすごくカッコ良かった。でもただカッコいいっていうのとも違うなァ…やっぱり特別な光を放ってた」
 この集会の光景を、美術家の会田誠は新刊小説「げいさい」で、登場人物にこんなふうに語らせた。
 思想家、教育者でもあり、環境保護活動をし、晩年は西ドイツ(当時)の政党「緑の党」の結党に関わったボイス。先住民を虐殺・迫害して発展した現代の米国を批判した「私はアメリカが好き、アメリカも私が好き」(一九七四年)というパフォーマンスなどで知られる。複雑かつ幅広い活動を繰り広げる世界的アーティストの初来日に、ブームが湧き起こった。
 しかし、その対話集会はというと−。「学生の質問は表層的なものが多く、実りあるというには程遠かったようです。しかし教育者でもあるボイスは、根気強く理念を語りかけた」と東京芸術大学大学美術館の岩見亮学芸研究員は話す。
 西武美術館の個展をきっかけに来日したボイス。条件の一つが、自身のプロジェクトへの西武の経済的支援だった。巨大資本への迎合だと難詰する質問に、ボイスは答えた。「芸術家が個人でバカをやっていてもダメなのです。経済などの社会現象と結び付くことによって芸術は意味がある」
 黒板の左側にボイスは円を描き、「西」というドイツ語を書いて「古い世界」を示した。「現在」の地点は、二つの円を線で結んだ中央。ここから「東」と書いた右側の円、つまり「将来の来るべき地球の姿」に向かうのだ、と語った。

東京芸術大学で行われた「学生との対話集会」の様子(当時の録画映像より)

ボイスの目指した未来の社会とは−。集会でボイスはこんなふうに語った。
 「どんな人間も社会という彫刻に加わる芸術家なのです。将来の社会を私たちが自己で決定するという意味でも<わたしたちはみな芸術家>なのです」
 お金や権力で人間が抑圧され、支配される社会を変えよう。それをするのは創造性を持った主権者たる私たち一人一人なのだ−。そんな「社会彫刻」の理念を説いたボイス。分かるようで分からないようで、でもひとつだけ思った。今ほど、その理念が必要な時代はないんじゃないだろうか。
※対話集会の様子は「ドキュメント・ヨーゼフ・ボイス:TVプリンター・マガジン」(西武美術館)より抜粋
◆みる 東京芸術大学大学美術館(東京都台東区)=ハローダイヤル03・5777・8600=はJR上野駅、東京メトロ千代田線根津駅から徒歩10分、京成上野駅、東京メトロ日比谷線・銀座線上野駅から徒歩15分。「黒板」は、大学所蔵の美術・教育資料を紹介する「藝大コレクション展2020−藝大年代記(クロニクル)−」で10月25日まで展示中。開館は午前10〜午後5時。月曜休館。一般440円、大学生110円、高校生以下と18歳未満は無料。
 文・出田阿生
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