<トヨザキが読む!豊﨑由美>佐藤亜紀、世界文学クラスの才能 直木賞 無視なぜなんだ

2020年9月28日 07時09分

バルタザールの遍歴 角川文庫・1012円

 二十世紀初頭、貴族階級の落日を告げるヨーロッパ情勢を背景に、ひとつの肉体にふたつの精神を宿す異色の双子が波瀾(はらん)万丈の半生を回想した『バルタザールの遍歴』で、佐藤亜紀がデビューを果たした一九九一年の衝撃は今も忘れられません。小説に求められる魅力のすべてを持ち合わせた、世界文学クラスの才能の出現に度肝を抜かれ、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)したのを、つい昨日のように思い出すことができます。
 それから幾星霜、発表作すべてが傑作であるにもかかわらず、佐藤氏が日本の出版界においてその才能に見合った扱いを受けているかといえば、否。トヨザキは無念でなりません。

スウィングしなけりゃ意味がない  角川文庫・880円

 近年でいえば…。中世と近代、野蛮と文明、迷信と理性、地主制度と資本主義。さまざまな対立項を吸血鬼譚(たん)を生かした物語の中に織りこみながら、誰もが誰かの血を吸い上げている世界の無残さを浮かび上がらせた『吸血鬼』(二〇一六年)は、語りのテクニックの高度さもあいまって、さすがに直木賞の候補に挙げるべきだったとは申しませんが、『スウィングしなけりゃ意味がない』(一七年)と『黄金列車』(一九年)をなぜ無視できたのか。アホなのか。

黄金列車 KADOKAWA・1980円

 ナチス政権下にあるドイツの大都市ハンブルクを舞台に、敵性音楽として禁止されていたジャズを聴き、カフェで生演奏をバックに踊りまくる。そんな金持ちの小倅(こせがれ)どもの痛快な身ぶりと行状を描いた前者。一九四四年十二月、ソ連軍侵攻に備え、ユダヤ人からの没収財産を積み込んでブダペシュトを出発した長大な列車という、ハンガリーの史実をもとにした後者。
 どちらも、現代社会における「今ここの危機」を想起させるテーマを、読んで無類に面白い物語の中で描ききった、クオリティーとリーダビリティ共にハイレベルな作品なのに直木賞は完全無視。アホなのか。

天使・雲雀 角川文庫・1298円

 というわけで、いまだ佐藤作品に触れたことのない皆さん、文庫で復刊された『天使・雲雀(ひばり)』をぜひお読み下さい。第一次世界大戦の約十年前から一九二八年にかけてのヨーロッパを、他者の頭の中に入り、探り、動かすことができる<感覚>を備えた間諜(かんちょう)たちが跋扈(ばっこ)。オーストリア=ハンガリー帝国の終焉(しゅうえん)とハプスブルク家の没落を、史実とフィクションを巧みに織りまぜた筆致で描くインテリジェンス(知性/諜報(ちょうほう))歴史小説なのです。ちなみに、この二作も直木賞は無視しやがりました。
 アホなのか。
<とよざき・ゆみ> 1961年生まれのライター・書評家。「週刊新潮」「婦人公論」などさまざまな媒体に連載を持つ。主な著書に『ガタスタ屋の矜持(きょうじ)』『まるでダメ男じゃん!』『ニッポンの書評』、『文学賞メッタ斬り!』シリーズ(共著)、『石原慎太郎を読んでみた』(同)など。
 *次回は11月23日掲載予定です。

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