大谷翔平、二刀流完全復活への道は? トミー・ジョン手術経験の館山氏、脇谷氏が語る可能性

2020年10月15日 15時30分

エンゼルスの大谷翔平=左は2018年4月24日にヒューストンで、右は同年4月11日にアーリントンで撮影 (共同)

 米大リーグのレギュラーシーズンは9月27日に閉幕し、ポストシーズンを迎えている。すでに今季を終えている3年目のエンゼルス・大谷翔平(26)は野手としては出場43試合で打率1割8分8厘、24打点、7本塁打。投手としては登板2試合目で右肘を痛めて投球を封印したため、1㌄⅔、防御率37・8で1敗。試合数が通常の162試合に比べ4割にも満たなかったとはいえ、寂しい数字だ。2018年秋に行った右肘手術の影響はいつまであるのか。来季は二刀流として復活できるのか。(竹村和佳子)

◆ダルビッシュは右肘手術から5年目で最多勝

 大谷が一昨年受けた右肘の手術は、内側側副靱帯ないそくそくふくじんたい再建術といって、傷ついたりゆるんだ肘の靱帯の代わりに、自分の左手首などからけんを取り出して移植するというもの。最初に受けたメジャーリーガーの名前を取って「トミー・ジョン手術」とも呼ばれている。日米合わせて1000人以上のプロが受け、相当数が第一線に復帰し、日本では村田兆治や桑田真澄らが有名だ。

右肘手術後の帰国会見で「経過は順調。(二刀流断念は)全くない」と笑顔で語ったエンゼルスの大谷翔平=2018年11月、東京都千代田区で

 今年8勝挙げ、日本人としては初めて最多勝のタイトルを獲得したダルビッシュ有(カブス)も2015年に同じ手術を受けた。18年には右肘痛が再発して、1軍登板はわずか8試合。4年間不本意な成績が続いたが、術後5年目となる今季は、最優秀投手に贈られるサイ・ヤング賞の有力候補に挙げられるほど、見事な復活を果たした。
 昨年現役を引退した楽天の館山昌平投手コーチは、ヤクルト時代に3度もこの手術を受けてその都度1軍復帰している。プロ2年目に受けた最初の手術の4年後から5年連続2桁勝利を挙げ、右腕エースとして活躍した。「1軍で投げていてもリハビリは続いていたし、違和感や怖さはずっとあった。それが無くなったのは術後2年たってから」と振り返った。
 西武・松坂大輔のように全盛期の輝きを取り戻せていない選手もいるが、ダルビッシュや館山コーチのように術後も、プロの第一線で活躍した投手はたくさんいる。大谷はまだ術後2年目。館山コーチの言葉によればやっと違和感が取れるくらい。本格的な復活まで数年かかるのは想定内とも言える。

◆「週1登板の間にDH2試合くらいが限度」元メジャースカウト

 では、2、3年すれば日本人最速165㌔を記録した大谷の豪腕が再び見られるか、というと話は簡単ではない。問題は、大谷は野手でもあるということだ。
 「左打ちは、右腕でバットをリードして肘をひねり返したりをたたんだりするので、どうしても投げる腕に負担がかかる。二刀流でやるなら週1登板の間にDH(指名打者)2試合。これぐらいが限度だと思う」
 こう持論を展開したのは、昨年までメジャー4球団でスカウトを務め、大谷を高校時代から見てきた野球評論家の大慈彌おおじみ功さん(64)だ。自身も右投げ左打ちの捕手で、太平洋クラブ(西武の前身)の元プロ野球選手。今年の大谷の起用法について、エンゼルス首脳陣への不満を漏らした。
 7月26日(現地時間)の今季初登板は初回1死も取れず、3四死球3安打5失点で降板。その翌日から5日連続野手として出場し、1日休んだだけで8月2日に先発登板。その2度目の登板で2回途中にマウンドを降りた後、右肘に違和感を訴え離脱した。「初登板ではおそるおそる感じを確かめていた。なのに投げた炎症が治まっていない翌日から使うなんて。打撃練習だって肘を使う。野手だからいい、なんて甘い。しかも次回登板まで1日しか休ませないなんて。マドン監督には失望した」と怒りを隠せなかった。

◆二刀流復帰2戦目で途中降板…離脱 起用法に疑問

 先発する投手は普通、登板翌日は軽く動いて体をほぐし2日目は休養、次回登板までに1度ブルペンで投球練習を行って試合に備える。大谷は一昨年秋に手術して、昨年は野手に専念。二刀流復帰1年目の今年は、コロナ禍でイレギュラーな春の調整でもあった。普段以上に慎重な対応が求められるところ、普通の投手以上のハードワークを課せられたことになる。

自身の引退会見で大谷について言及したマリナーズのイチロー=2019年3月、東京都文京区で

 長年、日米のトップ選手を見てきた大慈彌さんから見ても大谷の素質は非凡。「投打両方、ものすごい物を持っているし、本人も二刀流へのこだわりがあるから、使いたくなる気持ちは分かるけどね。球速、バットスピード、走力すべてに飛び抜けた力を持ってるからこそ、体に負担がかかっている。だから高校時代からずっと故障が絶えない。もう1年もすれば体もできてくると思うけど、無理な使い方をしていれば壊れてしまう」と警鐘を鳴らした。

◆レジェンド・イチローは隔年二刀流を提案

 日米で活躍したレジェンド、イチロー=本名鈴木一朗=さん(46)は、昨春の自身の引退会見の時、大谷について「世界一の選手にならなきゃいけない選手。1シーズン投手をやったら、翌年は打者。それでサイ・ヤング賞と本塁打王を取ったら」と、隔年で投打に専念する変則型二刀流を提案していた。
 いずれにしても、このオフのケアと体づくり、バランスの取れた起用法が、二刀流完全復活へのカギを握りそうだ。
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◆同じ右投げ左打ち野手が語る術後経緯

 日本のプロ野球選手でトミー・ジョン手術を受けたのはほとんどが投手で、野手では十数人。うち術後も1軍で活躍した選手となると、5人ほどしかいない。そのうち唯一人、大谷と同じ右投げ左打ちだった元巨人内野手で、現スカウトの脇谷亮太さん(38)に、術後の経過や打撃への影響について話を聞いてみた。

現役時代の巨人・脇谷=2011年6月、甲子園球場で

 入団5年目、レギュラーを取った2010年に「試合中の送球で肘にブチッと切れるような感覚」があり、痛み止めを打ちながらプレー。保存療法を選んだが、顔や髪を洗うのもつらいような痛みが日常的にあり、翌11年シーズン修了後に手術に踏み切った。1番つらかったのはリハビリ期間。固まった関節をほぐすためのマッサージでも「激痛が走り、『本当に復帰できるのか?』と不安がさらに高まった。復帰後1年くらいは痛み、張りが出て、かばって別の部分を痛めたり。寒い日もつらかった。本当に痛みが取れたのは2年ほどたってから」という。
 復帰後の打撃への影響は、それほど気にならず、飛距離にも変化はなかったという。「練習のスイングや、普通の打撃では芯に当たっても詰まっても、特に問題なかった。左打ちだと最後は右手1本でバットを持つ形になるので、タイミングを外されてバットの先っぽに当たるような、右腕を伸ばした状態になる時だけは痛みが走った」と振り返った。
 術後は5年、369試合に出場し打率2割5分3厘、6本塁打、57打点と活躍。「もちろん、手術は受けて良かった。日常生活にまで支障が出てたので、あのままなら、じきに野球を辞めざるを得なかったと思う」という。同じ手術を受けた大谷へのアドバイスを聞くと「私から言えることなどないですよ。彼のプレーも言動もリスペクトしているので、1年でも長く活躍する姿を楽しみたいし応援するだけです」とエールを送った。

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