『こち亀』社会論 超一級の文化史料を読み解く 稲田豊史著

2020年10月4日 07時00分

◆世相を描く現代の浮世絵
[評]永江朗(ライター)

 そうか、こんな漫画の読み方があったのか!
 『こち亀』とは秋本治のギャグ漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のこと。東京・下町出身の少々がさつな警官、両さんこと両津勘吉が主人公の人気作品で、一九七六年から四十年間にわたって少年漫画誌に連載された。
 『こち亀』は現代の浮世絵である、というのが著者の見立て。庶民の社会風俗を細かく描き込んだ浮世絵は、江戸時代の人びとにとって、いま何が起きているのか、どんなことが流行(はや)っているのかを知るメディアだった。後世の私たちにとっては、過去を知るタイムマシンである。『こち亀』もまた、連載時の日本社会を描いた。しかも、読者対象は小中学生。両津警官、つまり庶民の視点で、世の中がどうなっているかを子供たちに教えてくれたのだ。
 具体的にはどんなことを?
 たとえばバブル経済や地価狂乱について。一九八七年のある回では、両津の大叔父が都心に持っていた十坪の土地に十億円もの値段がつくというエピソードが登場。その他にもスーパーMMC(市場金利連動型預金)など経済ネタは多かった。「バブルははじけて初めてバブルと気づく」などというけれど、『こち亀』の作者はあの時代の異常性に気づいていたのだ。
 世相や流行、世間を騒がせる事件などを次々と題材にしながら、なぜか描かれなかったものがあると著者は指摘する。東日本大震災だ。阪神淡路大震災では両津らがボランティア活動をしているのに、東日本大震災についてはまったく触れなかった。その理由のひとつとして著者は、原発問題など政治性のあることについて触れるのを回避したためではないかと推測する。現代の浮世絵師にも限界はあったのだ。
 現代の視点では問題のある表現についても指摘している。とりわけ差別的な女性観・ジェンダー観については、丸ごと一章を割いて批判的に検証している。贔屓(ひいき)の引き倒しにならないところがいい。ギネス記録だという『こち亀』全二百巻読破に挑戦したい。
(イースト・プレス・1870円)
1974年生まれ。編集者・ライター。著書『ぼくたちの離婚』など。

◆もう1冊 

中川裕著『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』(集英社新書)

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