インビジブル 坂上泉著

2020年10月4日 07時00分

◆難事件に迫る対立の妙味
[評]細谷正充(文芸評論家)

 西南戦争を題材にした『へぼ侍』で、第二十六回松本清張賞を受賞した坂上泉が、第二長編で大きく飛躍した。本書は、昭和二十九年の大阪を舞台にした、ユニークかつハードなミステリーだ。
 戦後に新しく施行された警察法により、日本には「自治警」と呼ばれる米国式の自治体警察と、「国警」と呼ばれる国家地方警察があった。大阪市警視庁は自治警である。だが、警察法の改正により、警察組織の一本化が迫っている。そんなとき、大阪城付近で政治家秘書が、頭を麻袋で覆われた刺殺体で発見される。さらに、やはり麻袋で頭を覆われた轢(れき)死体も見つかった。連続殺人の可能性に、捜査員たちは色めき立つ。
 その中に、若手刑事の新城洋がいた。国警から派遣されてきた守屋恒成とコンビを組まされた新城。互いの立場や性格の違いから、ぶつかり合いながら、ふたりは事件の真相に肉薄していく。
 警察小説は無数にあるが、戦後の一時期に実在した自治警を扱った作品は、本書が初めてだろう。さまざまな問題を抱えながら、市民に寄り添った“民主警察”であろうとする自治警の存在に、強く興味を惹(ひ)かれる。
 さらに新城と守屋の、主役コンビに注目したい。自治警と国警。大阪人と東京人。庶民とエリート。作者はこのコンビに、何重もの対立構図を重ね合わせる。それゆえに何度も衝突するが、しだいに相手を認め、良き相棒になっていく、ふたりの姿が読みどころになっているのだ。
 また、一連の事件の大まかな真相は、登場人物より先に読者が分かるようになっている。それでもページを繰る手が止まらないのは、ストーリーが面白いからだ。上司の忖度(そんたく)による現場の混乱や、新城の家庭の問題が縁となって発見された手掛かりなど、新人とは思えないほど、作者の物語の組み立ては巧みである。戦中・戦後を通じて庶民を踏みにじる人々への怒りも、犯人を通じて鮮やかに表現されている。警察小説の収穫であり、戦後史ミステリーの収穫といえる一冊だ。
(文芸春秋・1980円)
1990年生まれ。作家。東京大文学部で近代史を専攻。昨年『へぼ侍』でデビュー。

◆もう1冊 

松本清張著『点と線』(文春文庫、新潮文庫) 

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