14歳の時、試合中に意識不明も…僕はAEDに命を救われた J2栃木の井出選手が普及を訴え

2020年10月3日 11時50分
 「1人でも多くの人にAEDを知ってもらいたい」。そう訴える青年がいる。J2栃木の井出敬大選手(19)は14歳のとき、サッカーの試合中に倒れ、自動体外式除細動器(AED)で救助された経験を持つ。今年、念願かなってJリーガーになった井出選手は実力を磨きながら、AEDの普及促進にも努めている。(編集委員・谷野哲郎)

機器を指さしながら、AEDの普及促進を訴える井出選手=宇都宮市内で、栃木SC提供

 千葉県出身の井出選手は今年6月に柏から栃木に移籍、育成年代の日本代表としても活躍する19歳だ。そんな井出選手がサッカーの試合中に倒れたのは、中学2年生のときだった。
 2016年3月。当時は柏U―15(15歳以下)に所属しており、柏市内のグラウンドで試合をしていたところ、突然、意識を失ったという。「試合終了直前に同点に追いついて、うれしくて、皆が喜んでいる輪に加わった後、急に目の前が真っ白になって…。そこから記憶がありません」
 意識を取り戻したのは数分後。自分の頭上でAEDが作動する声が聞こえ、心臓マッサージと人工呼吸をされているのが分かった。「後から聞いたのですが、たまたま観戦していた対戦相手の保護者の方が救急救命士で、蘇生を先導してくれたそうです。また、スタッフの方も何日か前にAEDの講習会を受けていて、いくつも幸運が重なって命を救ってもらえました」
 その後の精密検査で分かったのは、心臓の周囲の血管が生まれつき変形する「冠動脈起始異常」。激しい運動をすると血液が流れなくなって、不整脈や心肺停止になる病気だった。手術を受け、長いリハビリの末、ピッチに戻れたのは1年後のことだった。
 総務省消防庁によると、18年に一般市民の目の前で心肺停止になった人は約2万6000人。このうち、何も蘇生を行わなかった人の生存率が9%だったのに対し、胸骨圧迫の場合は17・5%、AEDの処置を行った場合の生存率は55・9%にまで上昇した。だから、井出選手は自らの体験談を隠さずに語る。

7月29日の群馬戦でJリーグデビューを果たした井出選手=正田醤油スタジアム群馬で、栃木SC提供

 「僕が助けてもらったように、日ごろからAEDが設置されている場所を確認したり、使い方を学んでおくことが大事ですよね。そして、もし、人が倒れる場面に遭遇したら、その人の名前を大声で呼んであげてください。僕自身も最初に音や声が聞こえて、意識が戻りました。聴覚は最後まで残ると言われていますし、生きるか死ぬかのとき、誰かの声が聞こえるのは意味があると思います」
 今ではすっかり元気になった井出選手は、7月に念願のJリーグデビューを果たした。サッカーの実力を磨くのと同時に、自身を救ってくれた人々に感謝し、AED救命の大切さを訴えている。「まさか自分が使うことになるとは思いもしませんでした。僕だけじゃなく、誰にでも起こり得ること。皆さんが救える命があるかもしれないんです」

 ▽井出敬大(いで・けいた) 2001年8月18日、千葉県生まれの19歳。DF。柏から今年6月に栃木に移籍。7月29日の群馬戦でJリーグ初出場。代表歴は17年にU―16日本代表、19年にU―18日本代表とU―18Jリーグ選抜。180センチ、71キロ。

 ▽自動体外式除細動器(AED) 心肺停止状態になった人に電気ショックを与え、心臓の動きを正確なリズムに戻す装置。電極パッドを胸に貼り、自動音声に従って操作する。Jリーグでは2011年にサッカー元日本代表の松田直樹さんが急性心筋梗塞で亡くなったことから、会場にAEDの設置を義務付けた。

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