近衛文麿の私邸 荻外荘に雪見灯籠戻る 世田谷の女性が寄贈

2020年10月4日 07時19分

復元される荻外荘の模型を前に、区からの感謝状を掲げる尾高良江さん=荻外荘で

 太平洋戦争直前まで首相を務めた近衛文麿の私邸で国史跡の「荻外荘(てきがいそう)」(杉並区荻窪二)に設置されていた雪見灯籠を、近衛の親族から譲り受けて長年保管していた世田谷区の尾高良江さん(92)が杉並区に寄贈した。荻外荘は二〇二四年度の一般公開を目指して復元作業が進められており、尾高さんは「歴史的に貴重なものであり、多くの人に見てもらいたい」と話している。 (西川正志)
 荻外荘は築地本願寺などを手がけた建築家伊東忠太の設計で、一九二七年に建てられ、三七年に近衛の手に渡った。
 木造平屋建てで、当時としては珍しい高い天井や伊東がデザインしたとみられる龍の紋様の敷瓦を床に敷いた応接間など豪華な邸宅となっている。東条英機らを交えて国の方針を話し合った「荻窪会談」が開かれるなど、日本の政治史上重要な場所となった。
 戦後、近衛が自決したのも荻外荘の一室で、近衛の死後は次男が管理していた。敷地内にあった雪見灯籠は、次男の妻が尾高さんの夫が経営する会社に勤めていた縁で、三十年ほど前に尾高家に渡り、庭に設置されていたという。
 次男の死後、二〇一四年に杉並区が土地と建物を取得し、復元整備することを計画。豊島区内に移築されていた邸宅の一部を解体し、再移築するなどして、一九四〇年ごろの姿の再現を目指している。
 荻外荘の整備計画が進んでいることを知った尾高さんは、自宅の建て替えを機に雪見灯籠の寄贈を区に提案。五十年ほど前に荻外荘敷地内で撮影された雪見灯籠と同じ場所が欠けていたことから本物と認定された。
 寄贈は、整備計画に寄与するところが大きいとして、区から尾高さんに感謝状が贈られた。尾高さんは「雪見灯籠も元の場所に戻れて、うれしいと思う」とにっこり。区の担当者は「邸宅も庭も当時の風景を再現し、思いを巡らせられるような施設にしたい」と話している。

尾高さんが寄贈した雪見灯籠=世田谷区の尾高さん宅で(杉並区提供)


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