脳をゾワゾワさせる音 ASMR人気 企業も参入 鉄道、バーナー・・・

2020年10月4日 07時44分

運行を終えた「炭鉱電車」。インターネットラジオ「block.fm」の番組「TREKKIE TRAX RADIO」で、炭鉱電車の音源を使った楽曲を31日まで募集している

 日常生活のあの音、企業の作業工程から聞こえてくるこの音…。今まで聞き流し、意識もしていなかった音が「脳をゾワゾワさせる」として人気上昇中らしい。企業は「音の資産」として価値を見いだし、ネットやエンタメ界でも新たな鉱脈になっている。「ASMR」と呼ばれる心地よい音の正体は−。 (藤浪繁雄)

JR東日本とSOUNDS GOODが収録、公開したJR大塚駅周辺の音源のイメージ

 年代物の電気機関車のモーター、線路、踏切…。福岡・三池炭鉱の鉄道として活躍した「三井化学専用線」。最後に残った一・八キロの運行は五月に終えたが、その郷愁あふれる「テツ音」は地元住民や鉄道マニアらの心を熱くしている。
 「百年以上続いた鉄道。その価値を地域に残したい」。三井化学はプロジェクトを立ち上げ、その一環として「炭鉱電車」の二十種類以上の音を収集し、今夏公開した。(こちらから
 同線は、石炭産業全盛の時代、三池港まで運ぶ路線で、支線を含めた総延長は約一八・五キロあった。炭鉱の閉山とともに多くは廃線となったが、旅客輸送も担った鉄道だけに、身近に感じている住民は多い。同社の担当者、松永有理さんは「こうした音は聞く人個々に思い出やイメージを想起させる。音は余白が大きい分野と思った」と語る。

東京ガスの工業用ガスバーナーの音源イメージ

 こうした音は「ASMR」として関心が高まっている。Autonomous Sensory Meridian Responseの略で「自律感覚絶頂反応」などと訳し、心地よい音、脳を刺激する音を指すが定義ははっきりしない。米国などで流行し、日本でもユーチューバーらが耳かき、咀嚼(そしゃく)、野菜を切る音などを高性能機器で収録し、動画公開している。
 業務で生じる音をASMRとして価値を探る企業も相次ぐ。炭鉱電車をはじめ企業の個性や事業を象徴する音を保存し、ネット上で公開しているのが、QUANTUM(クオンタム)とオトバンクが昨春設立したレーベル「SOUNDS(サウンズ) GOOD(グッド)」。
 工業用ガスバーナーなどの音(東京ガス)、東京・大塚駅周辺のさまざまな音(JR東日本)などを音源化。ミュージシャンらが無償で使用できるようにした。炭鉱電車の音を活用し、プロミュージシャンが楽曲を手掛けた事例もある。
 SOUNDS GOODの安藤紘代表は「企業のブランド力を高めようという取り組みの中で、『ASMR』に至った」と説明。巨大ガスバーナーの音で眠りにつくという人や、鉄道関連の音でリラックスできる人など「多彩な心地よい音」を知った。音声コンテンツを広く展開しているオトバンクの久保田裕也社長は「音源制作は手間も機材も必要で大変だが、世の中、効率化が進みストレスが高まっていることもあり、個々の思い出や記憶に深く関わるこの領域は伸びていく」とみている。

◆エンタメ界に浸透 ラジオで「ハイボール」

自身専用のスタジオでASMRへのこだわりを語る西田あいさん=東京都渋谷区で

 ASMRはエンタメ界にも浸透している。
 文化放送では昨年末から二カ月に一回程度、「ASMR特番」を深夜に放送している。たき火の音、チャーハンの調理過程、花火大会と続き、九月上旬の第五弾は「ハイボール」。グラスに氷を「カラン」と響かせ、ウイスキーを「トクトクトク」と注ぎ「シュワーッ」と炭酸水で割る…。スタジオで“音の職人”三人が数時間かけて収録した。
 「グラスの大きさや角度、氷を入れる高さなどいろいろこだわった」と語るのは加藤慶編成部次長。コロナ禍の社会に思いを巡らせ、「ホッとひと息つきにくくなっているが、深夜に瞑想(めいそう)し心を落ち着かせるコンテンツでありたい」。今月第六弾を予定している。
 「ASMRユーチューバー」も増えていて、タレントの参入も相次いでいる。歌手の西田あいさん(32)は二〇一八年春に「ニシアイチャンネル」を開設以来、ASMR動画が人気コンテンツとなっている。「十代から二十代の女性が半数以上」というファン、視聴者からの要望で始めた。

氷をカラン! 文化放送の究極のハイボールの音はこうして生まれた

 毎週金曜午後七時から新作を配信。炭酸水を注ぐ音やフライドチキンの「パリッ」「カリッ」「ジュワーッ」という咀嚼(そしゃく)音の回には、約五十八万の視聴があった。ささやくような声を交えながらの耳かきや、爪でさまざまな物をたたく「ネイルタッピング」も人気だ。バイノーラルマイクという高性能機器を使い、培った「かすかに触れる」技術でASMRに磨きをかける。
 本業の歌唱動画も配信しているが、ASMRに徹した期間を設けることもある。視聴者からは「受験勉強に集中できる」「安眠できる」との声が寄せられ、「配信向きの音」を模索する日々。「思ってもいない広がり」と驚く一方、「スマホが当たり前の日常には画面から情報があふれている。コロナも重なり、心身が疲れてしまっている人も多いのでは」とASMRが支持される背景を分析した。

◆金沢工大・山田教授「経験により好みに個人差」

 ASMRのメカニズムは? 人気の背景は? 音楽心理学を専門とする金沢工業大メディア情報学科の山田真司教授に聞いた。
 ◇ 
 ある音に対し、聴覚への刺激に皮膚感覚を伴うことでゾクゾク感が起きるとされる。それは人生経験に基づき個人差がある。耳かきのモゾモゾとした音を好む人もいるが、鼓膜を破ったことのある人にとっては、不安や恐怖かもしれない。
 ASMRが注目され始めた頃、耳かきは膝枕を想起させるなど「セクシュアル」な領域だったが、コロナ禍で急激に変わった。女性タレントやアナウンサーらも動画をアップ、広範囲の音が対象となり、セクシュアルさは排除された。一時の「萌(も)え」も似たような経過だったが、ASMRの一般化はそれより速い。
 コロナ禍でオンラインでの仕事やコミュニケーションも増え、自分が画面の中の存在になってしまうことから「生きている感覚を再確認したい」という欲求は自然なこと。抑圧された生活で、起承転結のあるコンテンツを見ているのがしんどくなり、何も考えずに見ていられるものを欲する人も多いだろう。それらがASMRに向かう一因かもしれない。

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