<記者のおすすめ>伊兼源太郎の3冊 元新聞記者が問い掛ける正義

2020年10月5日 07時18分
 横山秀夫さんに塩田武士(たけし)さん、真山仁さん−。新聞記者出身の作家は少なくありませんが、この人の名前をご存じでしょうか。伊兼(いがね)源太郎さん。今、注目を集める社会派作家です。今回は元新聞記者が「正義とは何か」を問い掛ける3冊をお楽しみください。 (編集委員・谷野哲郎)

<1>

 最初に紹介するのは、二人の主人公が犯罪事件を追う<1>『事件持ち』(KADOKAWA、一八七〇円)です。千葉県内で起きた連続猟奇殺人。それに関わる若手新聞記者と県警刑事が、それぞれの立場で犯人と正義を追い求めていく物語です。
 報日新聞の地方支局に勤務する二年目記者・永尾哲平はある日、殺人事件の情報をつかみ、取材を始めます。永尾は近隣住民への聞き取り中、被害者と中学時代に同級生だった魚住と接触しますが、直後に魚住は失踪。一方、県警捜査一課の刑事・津崎庸介(ようすけ)も魚住を追い始めます。
 死体に指がなかったのはなぜか。どうして魚住は姿を消したのか−。本格的な犯罪ミステリーに加え、もう一つ興味深いのは、等身大の新聞記者が描かれているところ。
 永尾は新聞記者を仕事にしながら、事件報道に対する疑問をぬぐいきれません。悲しみに暮れる遺族を取材する意味、記者クラブや実名報道の意味、一秒を争ってニュースを抜くことの意味を見つけられず、苦悩します。
 そんなとき、永尾は津崎から「報道は何のために存在してる?」と問い掛けられます。彼が出した答えとは? そして、物語の意外な結末は? ミステリーファンのみならず、若い新聞記者にも読んでもらいたい一冊です。

<2>

 伊兼さんは一九七八年東京都生まれ。上智大卒業後、新聞社勤務を経て、二〇一三年の『見えざる網』で横溝正史ミステリ大賞を受賞。その後も精力的に作品を執筆しています。作品に共通するのは、「正義」を描くところ。<2>『地検のS(エス)』(講談社文庫、八五八円)はそんな伊兼さんの真骨頂でしょう。
 ひと言でいえば、検察ミステリーなのでしょうが、設定が変わっています。何しろ、主人公が検事や弁護士ではなく、地検の職員なのですから。物語は連作短編集の形が取られており、一編目の「置き土産」は、特ダネを探していた東洋新聞の記者・沢村慎吾が、地検の総務課長である伊勢雅行の行動に疑問を持つところから始まります。
 人を寄せ付けない冷徹な態度と真っ白な髪の毛から「S」と呼ばれる伊勢。沢村は謎が多く、事件の影がちらつく伊勢の正体を探ろうとしますが…。続編の『Sが泣いた日』も読み応えありです。

<3>

 <3>『金庫番の娘』(講談社、一八七〇円)は政治の世界が舞台。一流商社で働いていた藤木花織(かおり)は、ある事件をきっかけにベテラン衆議院議員・久富隆一の事務所に転職します。慣れない世界に飛び込んだ花織ですが、財務秘書、いわゆる「金庫番」になるように言われ、自分の過去と向き合う決心をします。
 「正義」はいったい何なのでしょうか。やっかいなのはその人によって姿を変えるところで、伊兼さんは答えは読者自身が出すように問い掛けています。それぞれの作中にはとても尊敬できない人間が登場し、私も自分が取材したネタを先輩記者に取られたり、他人のネタで記事を書いて自慢している人に辟易(へきえき)したことを思い出しました。
 警察小説でもあり、報道小説でもある『事件持ち』は、横山秀夫さんの名作『クライマーズ・ハイ』を思い出させるシーンもあり、個人的には近いうちに映画かドラマになると予想しています。ブームを先取りしたいという方、伊兼作品をチェックしてみてはいかがでしょうか。

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