スヌーピーの世界

2020年10月5日 07時33分

(C)2020 Peanuts Worldwide LLC

 誰もが知っている犬のキャラクター、スヌーピーが登場する漫画「ピーナッツ」が、連載開始から七十年を迎えた。子どもの世界を生き生きと描いた作品は、なぜ今も人気なのか。その秘密に迫った。

<スヌーピー> 米国の漫画家チャールズ・M・シュルツ(1922〜2000年)の新聞漫画「ピーナッツ」に登場するビーグル犬。連載は1950年10月2日に米国の新聞7紙で始まり、飼い主のチャーリー・ブラウン、チャーリーの親友で毛布を手放さないライナスなど個性豊かな仲間たちとともに世界的な人気を獲得した。多数のキャラクター商品を生んだことでも知られる。全1万7897話を集めた『完全版 ピーナッツ全集』(谷川俊太郎訳、全25巻)が、河出書房新社から刊行中。

◆線で描かれた形に力 美術家・鴻池朋子さん

 子どもの頃から文字を読むのが苦手。文字が風景に見えて、意味がなかなか入って来ない。書店でも装丁や挿絵ばかり見て本を選んでいました。そこで気に入ったのが、スチールワイヤの回転ラックに並んでいたスヌーピーの本です。
 「ピーナッツ」って、子どもの世界の本質を描いているとかいろいろ論じられるでしょうが、私は何よりも線が大好きです。だって、素直に見れば、そこには線しかない。
 例えば、スヌーピーのまさに犬たる形、しんしんと降る雪に埋まっていく犬小屋、髪の薄いチャーリー・ブラウンの丸い石頭のカーブ、土砂降りの縦線で真っ黒にかき消されていくライナス…。軽やかで生き生きとして、洗練されているのに落書きのようなノイズがある。線というものが、意味を持つ文字となる以前の線、とでも言うか。
 絵の線と文字はもとは同じ。でも、文字は背後に意味を隠して整然と並んでいます。意味を表すことにカスタマイズ(好みに合わせ手を加え改変)されている。文字の背後から隠れていた意味が出てきたとき、人はそれが本物だと思うんですね。
 文字が意味を持った結果、絵の線も意味を持つようになりました。多くの人は絵を見るとき、後ろに隠されている意味を探したくなります。絵は後ろから意味がやって来る一つの「仕掛け」になってしまった。でも私にとって絵を描くというのは、カスタマイズに進化しようとする手前で、未成熟なまま対象と遊ぶことであり、その遊びにより、意味を表す仕掛けを解体できると感じています。
 シュルツさんの作品には、そういう仕掛けが感じられない。スヌーピーについて、読者は暗黙の了解で、まず「これはビーグル犬だ」という記号として認識しますが、仮面の裏に真実の顔があるみたいな言語的な絵ではない。線で描かれた形態自体に力があって、記号=仮面が生命の塊(カイ)であるようです。
 まあ、こういう説明をすること自体つまらない。本来、語ってはいけないと思う。スヌーピーが何とか、チャーリー・ブラウンがどんな来歴の子とか知らずに、ピーナッツの世界にばったり出合えばいいんです。私は、スヌーピーになめられているチャーリー・ブラウンの絵が好きなんですが、その肌触りを感じてほしい。意味もなく。 (聞き手・大森雅弥)

<こうのいけ・ともこ> 1960年、秋田県生まれ。今月25日まで、東京・アーティゾン美術館で個展「ちゅうがえり」が開催中。著書に『ハンターギャザラー』『どうぶつのことば』など。

◆変わらぬ日常、安心感 島根大教授、臨床心理士・岩宮恵子さん

 「ピーナッツ」には、いわゆる「いい子」はほとんど出てきません。チャーリー・ブラウンは特別にできる子ではないし、ルーシーはちょっと意地悪だったりします。
 そして普段は「いい子」をしているマーシーも、常識を超えた発想をする親友のペパーミント・パティといるときは「いい子」をやめて一緒にはじけます。「いい子」は、周囲からの自分への期待に応えるために力を尽くして疲れていることがあります。そんな子に生きる元気を与えてくれるのは、したいことを思いっきりしている、変わっているけれど面白い子だったりするんですよね。
 登場人物が思春期に入っていない点もポイントだと思います。思春期は大人になるためにはどうしても必要なのですが、子どもとしての秩序が激変する厳しい時期でもあります。
 敵や困難と闘って乗り越え、成長していく物語は、そんな思春期のテーマそのものです。そして成長はプラスの面が強調されがちですが、成長は変化であり、変わることはそれまでの自分を失うことでもあります。だから思春期は喪失の時期とも言えますし、世界が変わるような成長物語は、深い感動とともに、私たちの胸に痛みももたらします。つまり読む方にもある種のエネルギーを求めるんです。
 「ピーナッツ」の世界にそういう変化や成長はありません。しかし登場する子どもたちとスヌーピーの視点から世界を素朴に見つめる物語は、見落としがちな大切なものをそっとすくって私たちに差し出してきます。
 登場人物は、それぞれに何かうまくいかない問題を抱え、よく悩んでいます。そんな子どもたちにスヌーピーはどう関わっているのでしょうか。実は、役に立つことは何もしていません。ただ自然にそこにいるだけなんです。でも、そういう無為の存在こそが、逆に子どもたちの助けになっているのが読んでいくと分かります。
 特別に「いい子」にしていなくても、悩みがあっても、そこそこみんなで楽しそうにしているし、何となく収まっていく。大事件も起きず、ゆるゆると進み、じわじわと染みてくる。変わらない日常が続き、定番のやりとりにほっこりとした安心感を発見する。そういうところが、長く愛され続けてきたのではないでしょうか。 (聞き手・越智俊至)

<いわみや・けいこ> 鳥取県生まれ。鳥取大医学部での臨床を経て2001年島根大助教授、05年から教授。同大こころとそだちの相談センター長。著書に『好きなのにはワケがある』など。

◆アートの格好良さも SCPチーフプロデューサー・越智秀樹さん

 「ピーナッツ」の魅力は、子どもたちの何げない日常を描いた世界の中に誰もが共感できる部分が見つかる点でしょう。半世紀にわたった連載を通し、多くの世代がコミックに触れて親しみをもち、好きになっていった構図だと思います。
 ただ、日本では、コミックよりもキャラクター商品としてのスヌーピーという側面から入る人が多いのが特徴です。キャラクターをめでる性質のある日本人の特殊性が市場にも反映されています。母親や祖母が好きで、気付いたら周りに関連商品がたくさんあり、自分も好きになったという人が多くいます。
 キャラクターとしては、非常にデザイン性が高く、作者のチャールズ・シュルツさんによる少し震えたような独特のタッチがとても表情豊かで味わい深いです。新聞連載で、モノクロが前提だったこともポイントで、ペンで描かれたアートの格好良さがベースにあります。
 一方、日本人が触れる機会が多いキャラクター商品のスヌーピーには色がついています。シュルツさんが当時考えた色もありますが、商品化の際に自由に彩色することが許されています。モノトーンやビビッドなど色にもトレンドがありますので、時代の流行を反映した現代のデザイナーの色彩感覚がモノクロの原作に新しさを加えられます。そうしたバリエーションの多さが人気を支えています。
 ファッション性の高さとアートの力があり、男性でもTシャツを着られる数少ないキャラクターですので、ないものがないくらい多様な商品に使われています。年代や性別を問わず、非常に幅広い層から支持され、各ターゲットに向けたプロモーションも組み立てやすいです。手を変え、品を変え、新しいことができるという意味では、われわれとしても楽しいキャラクターです。
 七十周年を迎え、新型コロナウイルス禍でも記念グッズ制作や、売り場づくりは順調。今後も、スヌーピーのアドトラックを走らせたり、コミック内の名言を七十個集めてポスターにして主要駅に掲出したりする予定で、節目の記念を周知します。
 昨年十二月には、東京都町田市にスヌーピーミュージアムが開館しました。常設でコミックの原画が見られる貴重な場で、スヌーピーの源泉に触れられる聖地的な場所としてとらえてもらえるとありがたいです。 (聞き手・清水祐樹)

<おち・ひでき> 1973年、兵庫県生まれ。2000年にソニー・クリエイティブプロダクツ(SCP)入社。同社が09年に「ピーナッツ」のエージェント権を得た際、専門部署の立ち上げメンバーに。

関連キーワード


おすすめ情報