<ふくしまの10年・イチエフあの時 事故発生当初編>(13)2カ月劣悪な寝食環境

2020年10月8日 07時25分

作業員の食事や休憩場所がある程度整ったのは事故発生の約2カ月後=東京電力提供

 被ばくのリスクと闘い、暴走する東京電力福島第一原発(イチエフ)に立ち向かった作業員たちの環境は、特に二〇一一年三〜四月の二カ月は劣悪な状況にあった。
 食事は一日二回。内容も朝食は非常用ビスケットや野菜ジュース、夕飯はパックご飯とサバなどの缶詰だけ。一日に使える水は、飲料用や体を拭く分も合わせて、ペットボトルの一・五リットルだけだった。寝る場所も免震重要棟の会議室や廊下で、毛布も足りなかった。作業員らは二十四時間体制で危機対応をする合間に仮眠を取った。
 「みんなひげが伸び、着の身着のままで汚れて汗臭く、疲れ切っていた。野戦病院のようだった」。東電社員の一人はこう振り返った。汚染がつかないように同僚とバリカンで髪を刈り合い、げっそり頬がこけた作業員らもいた。
 作業員らの窮状は、保安検査官事務所の横田一磨検査官が三月二十八日の会見で明かしたことで広く知られることとなった。
 ようやく寝食の環境が整えられ始め、十キロほど南の福島第二原発の体育館に畳が敷き詰められ、マットレスや寝袋で眠れるようになった。免震重要棟などにも給水設備やクーラーを備えた休憩室が設けられ始めた。五月に入って、加熱キット付きのレトルトカレーや中華丼などが提供されるようになった。
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