「大正ロマン」の一角に 久米民之助 東京・渋谷の洋館を沼田市上之町に移築

2020年10月8日 07時28分

旧久米邸洋館を見学する人々=東京都渋谷区で(8月28日撮影)

 沼田市は名誉市民の久米民之助(たみのすけ)(1861〜1931年)が東京都渋谷区上原に建てた邸宅の洋館を、「大正ロマンのまちづくり」として整備している同市上之町に移築して保存整備する方針を決めた。 (渡辺隆治)
 久米は沼田藩士の子として生まれ、工部大学校(現在の東大工学部)を卒業。宮内省に入り、皇居二重橋の設計に携わった。工部大学校の助教授も兼ねたが、実業界に転身。鉄道工事やたばこ製造など幅広く事業を展開。上原の邸宅は「代々木御殿」と呼ばれた。
 政界にも進出し、衆院議員を四期務めた。晩年には、私財を投じ、荒れ果てていた沼田城址(じょうし)を公園として整備した。
 洋館は大正初めの建築とされるが、正確な年代や設計者は不明。木造平屋建てで約九十平方メートル。当時流行していたセセッション風の外観を持つ。後に邸宅を所有した紀州徳川家は迎賓館として使用したという。
 現在は不動産開発会社が所有し、再開発のため九月から解体が始まる予定だったが、近隣住民や神奈川大の内田青蔵教授、漫画家の小栗左多里さんらが保存運動を展開。久米の出身地で、かつて渋谷区にあった旧沼田藩主・土岐家の住宅の洋館を沼田公園に移築した実績もある沼田市に移築を提案した。
 横山公一市長は八月下旬に現地を視察。市は二〇一六年に旧沼田貯蓄銀行を上之町に移築したのを手始めに、今年六月に旧土岐家住宅洋館、本年度中に旧日本基督教団沼田教会紀念会堂を移築して「大正ロマンのまちづくり」を進めていることを踏まえ、受け入れを決めた。
 市は九月補正予算に解体移転費約九百五十万円を計上。再来年度には保存整備を終え、公開したい意向。横山市長は記者会見で、洋館の保全整備の理由を「沼田と縁が深い久米が建て、関東大震災や太平洋戦争の空襲をくぐり抜けた貴重な建物」と説明した。

沼田公園にある久米民之助の胸像=沼田市で


関連キーワード

PR情報

群馬の新着

記事一覧