差別と戦い、日本の女性にも勇気を与えたギンズバーグ氏 伊藤和子弁護士が語る功績

2020年10月8日 18時00分

ルース・ギンズバーグ氏について語る伊藤和子弁護士=1日、東京都新宿区で

 性差別撤廃や人種的少数派の権利向上に尽力し、9月18日に亡くなった米連邦最高裁の女性判事ルース・ベーダー・ギンズバーグさんの歩みは、日本の女性にも勇気を与えた。女性として、法律家として大きな影響を受けたという弁護士の伊藤和子さんは「私たちがこれからどういう行動をしていくかが大切だ」と話す。 (荘加卓嗣)

 ルース・ベーダー・ギンズバーグ 1933年、ニューヨーク生まれ。コロンビア大法科大学院修了。9月18日、膵臓(すいぞう)がんによる合併症のため首都ワシントンの自宅で死去、87歳だった。名前の頭文字を取って「RBG」と呼ばれ、米国の若い世代には「JFK」と呼ばれた故ケネディ大統領より知られてきた。2018年米国公開の映画「ビリーブ 未来への大逆転」は彼女の若き日々を描く。

死去したルース・ギンズバーグ氏=ロイター・共同

 伊藤さんの心に刺さったギンズバーグさんの言葉がある。「自分が大切にしているもののために戦いなさい。周りがあなたに賛同するように」。自らの言葉のように、ギンズバーグさんの人生は平等のための戦いにささげられた。
 「最高裁判事になる前から人工中絶などについて女性の権利に関する判例を切り開き、就任後は人権や民主主義を擁護する判断を下してきた」と、伊藤さんは功績をたたえる。
 ギンズバーグさんは大学院を修了して弁護士となったが、女性であることを理由に大手法律事務所に就職できなかった。それでも弁護士として差別と戦い、1970年代、州法などの女性差別規定の撤廃に向けた訴訟6件中5件で勝訴した。75年には男性が不利益を受けている法律の違憲判断も引き出した。
 伊藤さんは「それまで法律上の差別はありふれていた。ギンズバーグさんは差別に対して声を上げるだけではなかった。憲法上許されないと最高裁で認めさせ、司法を通じて変えていった」と指摘する。
 カーター政権(民主党)下の80年に連邦控訴裁判事に指名され、93年、クリントン大統領(同)から史上2人目の女性最高裁判事に指名された。96年にはバージニア州立軍事学校の男子限定の入学規定は違憲とする判決を書く。
 トランプ政権の発足と前後して保守化が進む米国内。最高裁が権利を認めた人工中絶について、各地で厳罰を科す州法が制定されたが、ギンズバーグさんは違憲の判断を示した。
 「やりたい放題のトランプ大統領に憲法の番人という最も強い立場で対峙していたのがギンズバーグさんだった。判事の中でもリベラル派は少数。少数意見を貫くことは勇気が要るのに、常に毅然としてやっていて、意気軒高に見えた」と伊藤さん。
 小柄な高齢女性が権力に対して一歩も引かない姿は若い世代の支持を集め、アイドルのような人気を誇り、映画になったりグッズも売られた。
 伊藤さんは「彼女に励まされた若い世代が、現在の黒人差別反対運動に取り組んでいる。私たち日本の法律家も時に長く、絶望的な戦いをすることもあるが、それはまさに彼女が経験したこと。亡くなったことは残念だが、彼女の影響を受けた人たちがどういう行動をしていくかが大事だ」と話した。

 伊藤和子さん(いとう・かずこ) 東京都出身。弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長。女性や子どもの権利擁護、えん罪事件など人権問題を中心に活動している。

関連キーワード

PR情報