幻の停留場求めて 三ノ輪橋近くの「三輪橋」 都電ファンの2人が情報募集

2020年10月9日 07時11分

関連グッズを手に、今はなき「三輪橋」停留場の情報提供を呼びかける藤田さん(左)と関口さん=荒川区で

 三ノ輪橋(荒川区)と早稲田(新宿区)を結び、昔の路面電車の面影を伝える荒川線(東京さくらトラム)は、都内に唯一残る都電だ。東側の起点である現在の三ノ輪橋停留場の近くに、三輪(みのわ)橋停留場がかつて存在した。「知られていない、もう一つの停留場の姿を明らかにしたい」と、都電ファンの男性二人が情報を求める活動を始めた。十八日に関連イベントを開く。 (砂上麻子)
 昭和の時代に都民の足として愛された都電は、都心や下町に張り巡らされ、最盛期には約四十系統の路線が走っていた。
 三輪橋停留場は、荒川線のものとは別系統の旧21、31の二つの系統の路線の停留場。21系統は足立区の千住四丁目から三輪橋、上野を経て水天宮前を、31系統は三輪橋から浅草橋、東京駅を経由して、旧都庁前(有楽町)を結んでいた。
 三輪橋停留場の記録、記憶を掘り起こしているのは、都電愛好家の関口圭一さん(55)=川崎市=と、今の三ノ輪橋停留場近くにある都電カフェ(荒川区南千住一)のオーナー藤田孝久さん(75)。二人によると、旧王電ビル前の国道4号(日光街道)上にあったという。
 六四年の東京五輪を機に東京の大改造が始まり、路面電車は交通渋滞のやり玉にあげられた。
 六七年、美濃部亮吉知事(当時)が全廃の方針を打ち出し、21、31系統も六九年に廃止に。両系統が使用していた三ノ輪車庫もなくなり、現在は都営住宅になっている。
 関口さんは、フェイスブックの「あの頃の都電・いまの都電」の管理人。昔の都電の写真などの情報を集めているが、三輪橋周辺の情報は少ないという。
 そこで先月から、都電カフェに自身が所有する31系統の表示板と行き先を書いた側面行先板を展示。当時の写真や利用していた人の体験談を集め始めた。
 「都電の記録は、昔の東京の街角の貴重な暮らしの記録。自宅にいる時間が長いコロナ禍の今は、昔どんな姿だったのか振り返るいい機会になる」と強調する。
 賛同した藤田さんも「荒川は都電のまち。昔の三輪橋停留場も大切な地域の記録」と訴える。
 イベントは十八日午前十時から。都電カフェで関口さんらが、21、31系統の三輪橋停留場周辺の思い出を語り合う。問い合わせは都電カフェ=電03(6806)6860=へ。

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