人新世(ひとしんせい)の「資本論」 斎藤幸平著

2020年10月11日 07時00分

◆「脱成長」こそ矛盾打ち破る
[評]森永卓郎(経済アナリスト)

 私が経済学部の学生だった四十二年前は、マルクス経済学が必修科目だった。そのため教科書の『資本論』に何度も挑戦したのだが、あまりの難解さに挫折した。その時の悔しさもあって、その後多くの資本論の解説本や応用本を読んだが、本書はそのなかでも最高傑作と呼べる作品だ。
 この半世紀、世界を席巻したグローバル資本主義は許容できないほどの格差と地球環境破壊を招いている。しかし、すでにマルクスが環境問題を資本主義の究極的矛盾と位置付けていたことを私は知らなかった。当然だ。マルクスがそのことを明示したのは、『資本論』の後の晩年になってからだという。『資本論』を途中挫折してしまった私が知る由もなかったのだ。
 資本主義には持続的成長が不可欠だ。しかし、それは地球を壊してしまう。著者は、問題解決のために、晩年のマルクスが構想した「脱成長コミュニズム」が必要だという。具体的には、(1)使用価値経済への転換、(2)労働時間の短縮、(3)画一的な分業の廃止、(4)生産過程の民主化、(5)エッセンシャル・ワークの重視−という五つが柱となる。
 (1)と(2)は『資本論』にも書かれている。マルクスは財を利用することで得られる使用価値と売買で得られる価値を分けて考えていた。資本主義は価値を増殖させ続ける営みだ。だから投機をしても、消費を刺激して不必要なものを買わせても構わない。その結果、生産性が劇的に上がっているにも関(かか)わらず現代人は過労死するほど働いているし、無駄な生産は環境を破壊する。そのなかで著者の最も重要な指摘は、労働の自律性を取り戻せということだ。資本主義が求める効率化は、労働者に画一的な労働を押し付ける一方、本当に必要性の高い介護などのエッセンシャル・ワークを低処遇に放置している。
 だから、生産手段を社会的所有に変え、意思決定を民主的に行う。それは効率を落とし生産を停滞させるが、それこそが地球環境を守ることにつながると主張する。再び新自由主義に傾く日本社会に著者の叫びがぜひ届いてほしい。
(集英社新書・1122円)
 1987年生まれ。大阪市立大准教授。専門は経済思想、社会思想。

◆もう1冊

 井上智洋著『純粋機械化経済 頭脳資本主義と日本の没落』(日本経済新聞出版)

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