クオリアと人工意識 茂木健一郎著

2020年10月11日 07時00分

◆意識の解明 AI研究の鍵に
[評]橋本幸士(大阪大教授)

 現代の人工知能(AI)と、脳そして意識の関係について、科学的、構成的そして意味的な観点から攻める美しい論考だ。後書きにも記されているように、著者がこのテーマで書き下ろしたのは十数年前であり、その間にAIと機械学習の研究は大きな発展を遂げた。昨年末の世界最大の機械学習学会において基調講演を行ったヨシュア・ベンジオ氏は「今後の人工知能研究は意識の実装の段階を迎える」と述べた。すなわち、茂木氏が本書でテーマとする「人工意識」は、多くのAI研究者が議論するテーマである。
 AIが人間の知性を超える「シンギュラリティ」(技術的特異点)と人類はどう対峙(たいじ)するのか、という「課題」に、著者は慎重かつ時に大胆な論考で、方向性を提案する。そこでは、個々の人間の「意識」がどのように脳の認知系において機能しているか−の解明が不可欠となる未来を予想している。
 脳は物質であるが、意識や自由意志がそこからどのように生まれるのか。AIはコンピュータープログラム上で脳を模倣した統計的な手法であるが、「意識」の決定的な違いは何か。意識の持つ属性のうち「クオリア」と呼ばれる概念(例えば「水の冷たさ」「バイオリンの音色」と言った情感)を機能的仲立ちとして、著者はこれらの問いへの自身の回答を導き出していく。
 著者は大学院で物理学を学んでおり、本書を貫く物理学的世界観が、読者である私をスムーズに論考へ誘う。AIの根幹を担う深層学習は、物理学の概念を多用し親和性が高い。神や意識と言った、物理学的な脳と対極にも見える概念がどう融和するのか、読者に論点を提供する本書は、格好の論題となろう。物理学者の私は一個人として同意できない意見も散見されるが、それが本書をよりユニークたらしめる。
 「私たちは、決して、統計の海の中に浮かぶデータとして生きているのではない」。人工意識を論点とした人類の科学の方向性についての、著者の渾身(こんしん)のメッセージが、私の意識に残る。
(講談社現代新書・1320円)
 1962年生まれ。理学博士。専門は脳科学、認知科学。

◆もう1冊

茂木健一郎著『脳と仮想』(新潮文庫)。第4回小林秀雄賞を受賞。

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