<備えよ!首都水害>洪水は遅れてやってくる 台風19号から1年 大河川の下流域での避難

2020年10月14日 07時07分

昨年10月の台風19号で、足立区の島根小学校に避難した人たち=区提供

 記録的な大雨をもたらした昨年の台風19号。「台風一過」という言葉があるが、風雨が去ると避難所から帰宅する人が相次いだ。だが、洪水は遅れてやってくる。台風から一年を機に、あらためて下流域の洪水リスクと避難所の課題について考える。
 足立区で、大雨警報に続き、暴風警報が解除されたのは十月十三日午前二時十三分。まだ洪水警報は継続していたが、一時は三百八十三人が避難した長門小学校では次々と避難者が帰宅した。区が避難勧告を解除したのは午前十一時半だったが、朝方まで残っていたのは親子二人だけだったという。結果的に洪水は免れたが、会川大和校長は「風雨が去った後の洪水の危険など、確かな情報がつかめていたら、もっと注意を呼び掛けることはできた」と振り返る。
 洪水警報の解除は翌十四日午前二時三十五分。大雨、暴風の警報解除からなぜ丸一日以上かかったのか。

二瓶泰雄教授の調査などをもとに作成

 気象庁は同区を流れる荒川のほか、区東部に浸水をもたらす江戸川の水位を注視していたという。水位観測所の荒川・岩淵水門(上)と、千葉県野田市の江戸川・野田では台風が去った後も水位は上昇し、それぞれ十四日朝まで氾濫注意水位を上回っていた。
 洪水リスクは大河川の下流域では遅れて高まる。東京理科大の二瓶泰雄教授(河川工学)が荒川本川の主要観測所で台風19号時の水位ピーク時間を調べたところ、上流から下流にかけて時間差で推移。岩淵水門のピークは上流の寄居(埼玉県)から十六時間四十分後だった。二瓶教授は「大河川の下流域では雨がやんでも安心できない。洪水の危険が去るまで安全な場所で避難してほしい」と話す。
 台風19号では、荒川水系の都幾(とき)川と越辺(おっぺ)川(いずれも埼玉県)など、大雨特別警報の解除後に氾濫が起き、「遅れてくる洪水」が注目された。これを受け気象庁などは大雨特別警報から警報への切り替え時に、今後の水位上昇の見込み情報を発表。国管理河川では避難勧告などを判断する自治体に三時間先だけではなく、六時間先までの水位予測を提供している。

気象庁や足立区の資料などをもとに作成

 「洪水はあとからくる」と冷静に判断した人もいる。葛飾区東新小岩七丁目町会長の中川栄久さん(84)は避難所に朝までとどまった。一九四七年のカスリーン台風では、利根川堤防が決壊した三日後に葛飾区に洪水が到達し、自宅が長く浸水したからだ。
 慣れない場所での避難はつらく、自宅の被害も気になる。避難所では深夜、階段で泣きやまない乳児をあやす母親もいたという。中川さんは「避難所で長い時間を過ごせるよう、プライバシーなどにもっと配慮すれば、早期の帰宅を思いとどまる人もいるはず」と課題を指摘する。

足立区の広報紙に掲載された避難情報の解除まで避難所にとどまるよう注意を呼び掛けるイラスト=区提供

◆松尾一郎先生のミニ講座 「老老救護」前提の避難態勢を

 あれから一年になる。台風19号では、東日本を中心に九十人以上が亡くなった。私の調査では三十五人ほどが自宅で、二十三人が車移動中に犠牲になった。水害は雨風が強くなって命に関わるような状況になるまで猶予がある。この間に適切な対応を図ることができれば助かる命もある。それを皆さんと考えてみたい。
 自宅で被災した方は氾濫した水や土砂が住宅を直撃した。自宅で亡くなった方の半数は八十歳以上だった。異変に気づいた時は、身動きがとれなくなっていたのだろう。要支援者の避難対策は地域社会が高齢化で「老老救護」となっていることが問題を難しくしている。今後は地区の避難態勢を抜本的に見直し、「老老救護」を前提に早めに動きだすしかない。市区町村が「要支援者避難開始情報(仮称)」を独自に呼びかけてもよい。
 次に車での避難の問題である。コロナ禍もあって避難所の定員も減らされ、親戚知人宅への避難など分散避難の観点から、車での避難は増えるはずだ。これも前倒しで早めに動きだす避難システムに変えていくことが、コロナ禍の新たな時代の防災になるのではないだろうか。
 (防災行動学・東大大学院客員教授)
 文・大沢令
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