ゴジラが毎晩通った神楽坂の居酒屋、コロナ禍で閉店へ

2020年10月15日 06時00分

今月末に閉店する居酒屋「もー吉」。親交のあった松井秀喜さんとの思い出を話す店主の安部俊彦さん=東京都新宿区で

 米大リーグ・ヤンキースなどで活躍した松井秀喜さんの巨人時代の食生活を支えた、東京・神楽坂の居酒屋「もー吉」が今月31日の営業を最後に閉店する。日米球界の大スター「ゴジラ」ゆかりの店も新型コロナウイルスの影響で営業を終えることになった。
 「寂しいけどしょうがない。誰に悪態をついてもコロナはどうにもならん」。松井さんから贈られた店内のユニホームやバットを前に、店主の安部俊彦さん(67)は声を落とした。
 1993年に開業した店に松井さんが初めて訪れたのは入団4年目の96年。安部さんは常連客だった巨人の広報担当者に頼まれ、寮を出て1人暮らしを始めた松井さんに夕飯の世話をすることになった。
 松井さんは2003年に渡米するまで、東京ドームでの試合後にほぼ毎回来店。安部さんは体力づくりや疲労回復のために栄養のバランスを考え、野菜多めの特別メニューを提供した。開幕戦の前には毎年、尾頭付きのタイや赤飯を出すのが定番だったという。

店の一角には松井秀喜さんから贈られたグッズなどが飾られている

 「松井くんは裏も表もなく、穏やかで風格や品格を感じさせる人」と安部さん。松井さんが米国に渡った後は毎年のように応援に行った。安部さんが6年前、バイクで仕入れに行った帰りに事故に遭い、頸椎けいつい損傷で入院した際は容体を気遣う連絡があったという。
 店は安部さんの出身地である山形県の郷土料理が売り。50代以上を中心に常連客も多かったが、コロナ禍で最近の客数は例年の7割減に落ち込んでいた。バイク事故の後遺症で胸から下にしびれが残る安部さんは「体も言うことを聞かないし、そろそろ潮時かな」と閉店を決めた。
 「マスター」と慕ってくれた松井さんからは知人を通じ「お世話になりっぱなしで寂しいです」との伝言が寄せられた。安部さんは来年から親戚が営む東京都武蔵野市の「もきち武蔵野店」で手伝いをする予定。「どこかでまた会いたいね」。松井さんとの再会を心待ちにしながら安部さんは閉店の日を迎える。(嶋村光希子)

店内に展示された松井秀喜さんのバットを見つめる安部さん

◆母さえこさん「たくさん応援もらった」

 店主の安部俊彦さん(67)が閉店を決めたことについて、松井さんの母さえ子さん(70)は「たくさん応援してもらっただけに、本当に寂しい。いろいろな思い出もあったので…」と残念がった。
 松井さんが巨人時代に通い詰めたなじみの店は、体を気遣う家族にとっても、大きな支えだった。開幕前にタイや赤飯の祝い飯で「出陣」したこともあれば、父親の昌雄さんやさえ子さんが一緒に訪れると「裏メニュー」が出たこともあった。
 松井さんが寮を出たのは20代前半。さえ子さんは栄養面でのサポートのみならず「ユーモアにあふれ、冗談を言ってリラックスさせていただいた」と安部さんに感謝し「野球以外でも、ここでいろんな出会いがあり、社会勉強させていただいたと思う」と語った。
 松井さんを中学時代に指導した星稜高OBの高桑充裕さん(57)もかつて松井さんとこの店で食事した。石川県の旧根上町(現能美市)の関係者と上京した際、席についたのは1階のテーブル席。他の来店客もいたが、ファンが絡むこともなかった。「松井にとってはきっとゆっくり過ごせて、居心地の良い場所だったんだろう」と話した。(田嶋豊)

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