「近代」語る東京の建築 『寡黙なる饒じょう舌ぜつ』 建築家・名古屋工業大名誉教授 若山滋さん(73)

2020年10月18日 07時00分
 理系で建築が専門の僕が「書く人」になったのは、大学院の時、四カ月にわたりヨーロッパ各地をヒッチハイクで回ったからである。
 腹を空(す)かせた犬のように路地裏をさまよい、ヨーロッパの街がもつ、ともすれば押しつぶされそうな石の重みを感じていた。石の重みは時間の重みでもあった。ここではその都市と建築が石や煉瓦(れんが)を積み上げてつくるように、その文化もまた過去から現在へと積み上げられているのではないか。それに対して日本文化は、その建築が木造の組み立て式であるように、過去には中国から来たものを日本流に組み立て組み替え、近年には欧米から来たものを日本流に組み立て組み替えてきた。そう考えた。
 西洋の思想が長期的、論理的、構築的であるのに対して、日本の思想は短期的、情緒的、雑居的である。ヨーロッパの文化は「積み上げる文化」であり、日本文化は「組み立てる文化」である。日本に帰って設計事務所に勤めながら、この体験と思考を著書として出版したところ、きわめて好評だった。そして僕は建築家でありながら、同時に文章を「書く人」になった。
 以来、いくつかの本を書いてきたが、あくまで建築界に向けてではなく、建築から一般読書人に向けて書いてきた。本書も、東京の建築について語るのではなく、東京の建築が日本という国の近代への道程を語るのだ。今は平成を過ぎて令和の時代であるが、僕の頭の中では「明治・大正・昭和」がひとつの時代を成していて、東京の建築は寡黙ではあるが、その一続きの時代の日本人の心の揺れ動きを饒舌に表現している。
 たとえば、市街にではなく皇居に向けて造られた東京駅によって「将軍の街」は「天皇の街」へと変貌する。モダニズムの建築が現れ東京はブルジョワ生活の街になると同時に、血盟団事件、五・一五事件、二・二六事件といったテロリズムの街と化す。マッカーサーが君臨した第一生命ビルから放射された権力と、驚くべき復興と成長に邁(まい)進した日本人。そしてこの激動の時代の首都を創った建築家たちの魂。それがそのまま四つの章をなしている。
 そこにこれまでの建築と文化の関係に関する研究の成果を紹介し、自伝的な要素も加わっている。盛りだくさんではあるが、建築論としても、都市論としても、文化論としても、文明論としても、あるいは人生論としても、読み応えはあると思う。ぜひ、建築の声に耳を傾けていただきたい。現代書館・一八七〇円。

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