日本語を、取り戻す。 小田嶋隆著

2020年10月18日 07時00分

◆「隠蔽用語」を蒸し返す
[評]高橋秀実(ノンフィクション作家)

 本書のタイトルは、安倍前首相が掲げていたスローガン「日本を、取り戻す。」のパロディーである。安倍さんが日本を取り戻すなら、小田嶋さんは日本語を取り戻す。政権担当者から発せられる「空疎」で「珍奇」な言葉の数々を検証し、「奇妙」な言葉遣いや「奇天烈(きてれつ)」な弁解を喝破する。すなわち日本語を防衛するという宣戦布告なのである。
 確かに、世の中にはヘンな言葉が跋扈(ばっこ)している。例えば「自粛要請」。「自粛」とは本人が自らの意志で行動を差し控えることで、他人に要請するものではない。要請するならそれは「恫喝(どうかつ)」ないしは「強要」ではないかと小田嶋さんは指摘する。つまりこれは強要しながら強要の責任を逃れる言葉なのだ。
 彼によると「アベノミクス」も経済用語ではなく「経済隠蔽(いんぺい)用語」だという。経済政策は数々の政策から成るわけで、一つひとつ検証することが必要だが、自らの名前を冠して総称することで検証を封じる。「アベ」という接頭辞に対する反応を利用して個々の批判を政権の賛否にすり替える。そしてマスメディアが安易に繰り返し使うことで、権威を与え称賛することになってしまうのである。
 安倍ロジック、いや安倍マジックというべきか。他にも、論旨に詰まった時に使う「まさに」。是非を超えて催眠術のように世論を誘導する「国民の理解」。法的には軍隊でない自衛隊ならではの「軍事行動でない武器使用」や「駆けつけ警護」…。
 発言を蒸し返し、重箱の隅をつつく。それこそが民主主義だと小田嶋さんは訴える。人格攻撃ではなく、言葉を攻める。言葉の狂いを明らかにするには、ブレのないしなやかさ、つまりユーモアが必須で、よく読むと安倍さんに対する愛すら感じられる。
 かつて小田嶋さんは毒を吐くコラムニストとして定評があった。そのスタイルは健在だが、時代が移り変わったのか、彼のコラムは今や「毒」ではなく「薬」なのかもしれない。人格中傷でつるみたがるSNS上の人々にも是非読んでいただきたい。
(亜紀書房・1760円)
 1956年生まれ。コラムニスト。著書『超・反知性主義入門』『ザ、コラム』など。

◆もう1冊

品田悦一(よしかず)著『万葉ポピュリズムを斬る』(短歌研究社発行、講談社発売)

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