難局こそ踏ん張る 史上最年少名人の記録を持つ 谷川浩司さん(棋士)

2020年10月17日 13時11分
 高校生棋士の藤井聡太王位(18)=棋聖、愛知県瀬戸市=が将棋界の偉大な記録を次々と塗り替えている。その前に立ちはだかる一人が、「光速の寄せ」を代名詞に一時代を築き、史上最年少名人の記録と十七世名人の資格を併せ持つ谷川浩司九段(58)だ。一九七六年に中学生でプロ入りした大先輩は今、どんな思いで指し続けるのか。大阪市の関西将棋会館を訪ねた。
 「四十年前にここができた時、立派さに圧倒されました。これまでに千数百局指したでしょうか。そろそろ建て替えの時期ですが、新しい場所になっても指し続けたいと思っています」。若手の主戦場になる四階奥の対局室。谷川さんは慣れ親しんだ盤駒の前に座り、しみじみと語った。
 谷川さんは今期、棋士の序列を決める順位戦で上から三番目のB級2組に降級した。永世名人は大相撲の横綱のようなもの。降級を機に現役を退く選択肢もあったが、戦い続けることを決意した。気力や体力が徐々に衰えてゆく中で、伸び盛りの若者たちを迎え撃つ。それは功成り名を遂げた棋士にとって、いばらの道かもしれない。「対局がない自分を想像できなくて。引退するとこれからの人生、気は楽だけど退屈だろうと思いました。若い棋士を相手にするのは大変ですが、楽しみに思えるようにしたい」と胸の内を明かす。
 現役への意欲の表れが、人工知能(AI)の活用だ。これまで何となく敬遠していたが、昨年九月ごろから研究に取り入れた。ただし、やみくもに頼るわけではない。自分自身が考えて結論を出した将棋しかチェックしないと決めている。かなり苦しいと感じた局面でも、AIはさほど差を示さないことがあるという。「経験を積むと物分かりがよくなりすぎて、あきらめが早くなる」と自嘲しつつ、「勝負師の気持ちを取り戻さねば」と前を向く。
 「現役で五十年やりたいとか、あと百勝して大山康晴十五世名人の勝ち数(千四百三十三勝)を超えたいとか、さしあたっての目標はあります。でも、ほかの棋士が自分の対局を見向きもしなくなったらおしまいだなと」。数年前、菅井竜也八段(28)や斎藤慎太郎八段(27)ら関西の気鋭から研究会に誘われた。今の自分から学びたがる棋士がいる−。それがうれしく、心強かったという。
 明治生まれの囲碁棋士・橋本宇太郎は、「囲碁は百年をつなぐ」と言った。対局は棋士を媒介にして、五十年前と五十年後を結び付けるという意味だ。谷川さんは四十歳近く年上の大山さんとも、四十歳年下の藤井さんとも戦ってきた。「私は両方の棋士の将棋を語ることができる。百年は難しくても、八十年くらいはつなぎたい」とはにかむ。
 谷川さんは一九八三年、二十一歳二カ月の若さで江戸時代から続く名人の座に就いた。これは将棋界にさんぜんと輝く最年少記録だ。順位戦の階段を駆け上がる藤井さんが、それを破れるか大いに注目されている。いうなれば、若き日の谷川さんと藤井さんの、時代を超えた勝負だ。
 二人は九月、順位戦で相対した。互いに長考する熱戦の末、藤井さんが勝利。谷川さんは「もうちょっと競った内容の将棋を指さなくてはいけなかった」と悔やみながらも、「藤井さんは考え抜く姿勢が素晴らしく、長く活躍できる人だと思う。今は私の頃と比較にならないくらい競争が激しい。藤井さんが新記録をつくれば、より価値の高いものになる」とたたえる。
 すっと伸びた背筋、緩みのない正座。谷川さんの立ち居振る舞いは常に美しい。それは盤上でも同じだ。藤井さんと初めて公式戦で対局した一年前の王将戦予選。谷川さんは「大きなミスをした」として、わずか五十七手で投了した。当時現場で取材し、その潔い態度から確固とした美学が伝わってきたのを覚えている。でも、今回は少し違う顔が垣間見えた気がした。
 「勝機がないのに、相手の間違いを期待してあがく指し方はしたくない。しかし逆の立場からすると、そういうふうに指されるのは嫌なものです。今は苦しい局面で、どれだけ踏ん張れるかが大事だと思うんですよ」 (岡村淳司)

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