認知症の行方不明者、昨年発生1万7500人 7年で倍増 過去最多

2020年10月21日 06時45分

行方不明になっている黒須ひろ子さんの情報提供を求めるチラシ=家族提供

 高齢化に伴い、認知症が原因で行方不明になる人が増えている。昨年は全国で約一万七千五百人に上り、七年連続で過去最多を更新した。各自治体は居場所が分かる衛星利用測位システム(GPS)や、スマートフォンのアプリを駆使して捜索するなど、あの手この手の対策を取っている。専門家は地域ぐるみの見守り態勢づくりを訴える。 (細川暁子)
 認知症の黒須ひろ子さん(71)は、六月に横浜市の自宅を出てから行方が分からない。四カ月以上捜し続けている長男の裕章さん(44)は「こんなに見つからないなんて…」と声を落とす。
 ひろ子さんは要介護5で、夫(74)と次男と三人で暮らし、週三回デイサービス(通所介護)を利用していた。二年ほど前から、自宅にいるのに「ここは自分の家ではない。本当の家に帰りたい」と訴えるなど、認知症の症状が出始めた。
 夫は玄関の手の届かない位置に鍵を付けて注意していたが、ひろ子さんは夫の目を盗み、窓から出ていくことも。夫はひろ子さんのかばんにGPSを忍ばせたが、見つけたひろ子さんはかばんを持ち歩かなくなった。行方不明になったのは、家族がケアマネジャーらと相談し、ひろ子さんをグループホームに入所させようとする矢先だった。
 六月上旬の朝、ひろ子さんは現金も携帯電話も持たずに家を出て、数百メートル先のバス停へ。しばらくして気付いた夫が追い掛けたが、ひろ子さんはバスの降り口から乗っていってしまった。夫は慌てて次のバスに乗ったが、行き先が違ったため、追いつけなかった。
 家族で捜したが見つからず、夕方、警察に届けた。バスの防犯カメラから、ひろ子さんは家から約二キロ先のバス停で降りたことが判明。近所の人や福祉施設の職員も一緒にその周辺を捜してくれた。だが、夜は激しい雷雨となり、警察犬による捜索は断念。下車後の足取りは今も分からない。
 裕章さんはすぐに、ひろ子さんの特徴などを示したチラシを作り、バスやタクシー会社に配布。フェイスブックなどにも載せて情報を求めた。夫も市内外の病院や介護施設に尋ね回った。裕章さんは「認知症の行方不明者がこれほど多いことは、母が当事者になって初めて知った」と話す。
 認知症の人は目的を持って出掛けても、すぐに何をしに来たかを忘れがち。今いる場所も分からなくなって不安になり、むやみに歩き回るうちに道に迷うことが多い。警察庁によると、全国で昨年、認知症が原因で行方不明になった人は一万七千四百七十九人。統計を取り始めた二〇一二年の二倍近くに膨らんだ=グラフ。全体の九割余りを七十歳以上が占めている。
 一方、昨年中に所在が確認された人は一万六千七百七十五人。このうち七割は警察への届け出当日に、99%は一週間以内に見つかった。死亡が確認された人も四百六十人いた。
 公益社団法人「認知症の人と家族の会」滋賀県支部副代表の梅本高男さん(78)=大津市=は、行方不明になった認知症の妻の安子さん(77)が無事に保護され、周囲の助けに感謝したという。
 安子さんは約五年前の二月、趣味のコーラスの発表会場から突然いなくなった。無事に見つかったのは九時間後、約十キロ離れた自宅付近だった。安子さんに道を尋ねられた若い夫婦が、コートも着ずに手ぶらで歩いていた安子さんを不審に思い、自宅まで車で送ってくれた。梅本さんは「妻は凍死するのではないかと心配でたまらなかった。『様子がおかしい』と機転を利かせてくれた夫婦のおかげで助かった」と振り返る。

◆危機感募らす自治体

 増え続ける認知症の行方不明者に自治体も危機感を募らせている。
 群馬県高崎市は五年前から、認知症の人に持たせるGPSを家族らに無料で貸し出している。利用者が行方不明になった場合、市が委託している専門業者「見守りセンター」が二十四時間態勢で位置情報から本人の居場所を調べ、家族に連絡する。GPSは四センチ四方、厚さ一センチほどの大きさ。現在は約二百七十人が利用している。同センターにはこれまでに約九百件の捜索依頼があり、全員が無事に発見された。

GPS入りの靴を履いている清水イサヲさん(右)と夫の利男さん=群馬県高崎市提供

 市内に住む要介護3の清水イサヲさん(90)は夫の利男さん(94)と二人暮らし。GPSをかかと部分に入れる専用靴も買い、いつも履いている。これまで五回ほど、一人で外出して行方不明になった。うち一回は電車で約二十キロ離れた埼玉県まで行ったが、GPSで居場所が分かり、警察に保護された。古里の町に行こうとしたらしい。「母は昔から活動的で歩くのが好きだった」と長男の明さん(66)。最初は専用靴を嫌がったが、他の靴を隠したら履くようになったという。
 岐阜県大垣市は二年前から、行方不明者の情報を共有できるスマホのアプリ「オレンジセーフティネット」を導入した。市内の認知症の人約五十人の名前や写真、身長などの情報を事前に登録。その人が行方不明になった場合、捜索に協力する市職員や介護職員らに情報が配信される。市は防災無線で住民にも捜索協力を呼び掛ける。市によると、近年は年に十人ほどの行方不明者全員が無事に発見されている。担当者は「地域の連携が早期発見に結び付いている」と話す。
 認知症の人の衣服やバッグに貼るQRコード付きのシールを配布する自治体も増えている。家族が事前にメールアドレスなどを専用サイトに登録。発見者がコードをスマホで読み取ると、その認知症の人の情報が表示され、家族には「発見した」とのメールが届く仕組みだ。家族と発見者が掲示板でやりとりすることもできる。岐阜市は六月から約五十人にシールを配布。三年前に導入した千葉県松戸市では、六十人以上に配られ、シールによって発見された人もいるという。
 早期発見には住民らの意識向上も欠かせない。福井市は二〇一四年から、一人で歩いている認知症の人を見掛けた際に声をかける模擬訓練を実施。一七年に声かけの手引も作り、市のホームページで公開している。「雨が降っているのに傘をささず、下を向いて黙々と歩いている」「深夜にコンビニの前で長時間座っている」など、実際に保護された人の事例を紹介。声をかけるときは「驚かせない」「急がせない」「自尊心を傷つけない」ように注意し、ゆっくりと話すように呼び掛けている。
 認知症専門病院の和光病院(埼玉県和光市)院長の今井幸充さん(69)は「認知症の人の家族は、近所の人やお店の人が本人の顔を覚え、日頃から見守りに協力してもらえるようにするといい」と助言。一二年には六十五歳以上の七人に一人が認知症だったが、二五年には五人に一人、七百万人になるとの推計もある。「地域全体で認知症の人と家族を支えていく態勢づくりが不可欠だ」と話す。

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