「宝物だった息子、どうして死ななくては…」遺影に真相解明を誓う両親 東京女子医大2歳児死亡事故

2020年10月22日 06時00分
 6年8カ月―。東京女子医大病院の医師6人が業務上過失致死容疑で書類送検された21日は、亡くなった孝祐こうすけ君=当時(2つ)=の月命日だ。「どうして死ななくてはいけなかったのか」。自問自答を続けてきた両親は「今後の捜査で必ず真実を明らかにしてほしい」と願った。

孝祐君の仏壇の横には、写真やおもちゃが飾られている=遺族提供

◆おもちゃ、絵本に囲まれて

 「事故が私たちの宝物を奪ったんです」。50代の父親は自宅の仏壇の前で、膝の上で握ったこぶしを震わせた。部屋にはブランコに乗る笑顔の孝祐君の等身大写真や、おもちゃ、絵本が飾られている。
 うどんやイチゴが大好物だった。元気だけど甘えん坊で、いつも抱っこをねだった。「きっと一生分、抱っこさせてくれたんだよね。本当のことが分かるまで絶対に諦めないよ」。遺影に語り掛けた。

◆「たった7分の手術」が説明なしに人工呼吸器

 孝祐君の病名は頸部嚢胞性けいぶのうほうせいリンパ管腫かんしゅ。良性の腫瘍だったが、幼稚園に入る前に「首の膨らみを取ってあげたい」と親心で手術を受けさせた。インターネットで手術歴を調べ、「信頼できる」と東京女子医大病院を選んだ。
 「メスも使わない、たった7分の手術」(父親)だった。医師から「念のため」と言われ、集中治療室(ICU)に入った。説明なしに人工呼吸器を付けられ、プロポフォールを投与され続けた。高熱や褐色の尿が出て、体はむくんでいった。手術3日後の14年2月21日午後7時59分、孝祐君は亡くなった。
 あまりに突然だった息子の死。40代の母親は意味を理解できず、涙さえ出なかったという。「事実を受け入れられないまま生きてきた」。小さなお守りを握り締め、この6年8カ月を振り返った。胎児の形をした勾玉とわが子の爪と髪の毛を入れたお守りは、医師らを相手取った民事訴訟の法廷に立つときも肌身離さず持っていた。

◆「医師たちは逃げずに真実を語って」

 「孝祐が生まれてきてくれたことで、自分より大事な存在があるって気付かせてくれた」。今では母親だった時間より、母親でなくなった時間の方が長くなった。「孝祐は、医師たちがしたことを受け止めて亡くなった。医師たちもこの事実を受け止め、逃げずに真実を語ってほしい」
(奥村圭吾、木原育子、天田優里)

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