<カジュアル美術館>重文 落葉(おちば) 菱田春草(ひしだしゅんそう) 永青文庫

2020年10月25日 07時03分
 前後左右に立ち並ぶ老若の木々、地表を覆いつつある無数の散り落ちた葉。中央右手では一羽の鳥が小枝に止まり、左手の地面に目を移せば、二羽の鳥が葉に紛れるように遊ぶ。視界に広がる光景は静謐(せいひつ)で、林の奥へ奥へ、と誘(いざな)われるかのような不思議な感覚にとらわれる。
 秋の深まりをいっそう感じさせる、菱田春草(一八七四〜一九一一年)の「落葉」。同名の作品は、未完を含めて五点確認されている。永青文庫蔵で重要文化財(重文)の本作は、三番目に描かれたとされ、〇九年の第三回文展で最高賞となるなど当時から評価が高かった。
 決して派手さはない。ただ、鑑賞者を果てしなく続く空間へと引き入れてくれる魅力にあふれる。この独特の描写は、どのように生まれたのだろうか。
 長野県飯田市に生まれ育った春草は、東京美術学校(現東京芸術大)で学び、校長の岡倉天心と出会う。明治維新以来、西洋絵画の豊かな色彩や合理的な画法を意識した、新たな「日本画」が模索された時期だ。
 横山大観らと共に取り組んだのが、伝統的な日本画の重要表現だった輪郭線を描かず、絵の具をつけない刷毛(はけ)で色をぼかす描法。西洋絵画に見られた空気や光線を表そうとした試みだったが、当時の画壇からは「朦朧(もうろう)体」として激しく批判された。
 それでも、外遊先の欧米で評価を得、天心や大観らと移り住んだ茨城・五浦(いづら)で色彩研究を深める。風景表現の革新に着手し始めた際に病を患ったが、東京・代々木での療養中、散歩していた自宅近くの雑木林が「落葉」の画題となった。
 近年見つかったノートには、木々の葉や樹幹の写生のほか、いくつかの構想図が残る。同名の未完作には丘の稜線(りょうせん)が描かれ、距離感の表現を意識した試行錯誤の様子が分かる。完成したのが、細部まで入念に描き込んだ樹木や葉を巧みに配置し、前後関係を色の濃淡で表した、対称的な俯瞰(ふかん)の構図だ。
 無限の奥行きを感じさせる一方、消失点がないなど西洋的な理詰めの遠近法とは異なる。春草は「画の面白さのために距離が犠牲になった」との趣旨の言葉を残しており、永青文庫の舟串彩学芸員は「写実性と装飾性の間でかなり揺れ動いたのでは。その揺らぎが本作の魅力を生み出していると思う」と話す。
 西洋的なリアリズムと伝統的な装飾表現の融合がさらに進んだのが、春草作品の中でも人気が高い「黒き猫」(重文)。金泥で彩られ平面的に描かれたカシワの葉の装飾性と、墨のぼかしで「フワッとした柔らかい毛並みが表現された」(舟串さん)猫の写実性の調和が絶妙だ。
 眼光鋭く身を硬くした猫からは、鑑賞者との距離を保つような警戒感も伝わる。美術収集家で永青文庫の設立者・細川護立(もりたつ)が部屋に掛けて鑑賞していた際、子どもたちが近づくと「猫が逃げるじゃないか」と注意したとの逸話もうなずける。
◆みる 永青文庫(東京都文京区)=電03(3941)0850=は都電荒川線早稲田停留場徒歩10分、東京メトロ有楽町線江戸川橋駅、東西線早稲田駅各徒歩15分。「落葉」と「黒き猫」は11月8日までの「永青文庫名品展」で展示中。開館時間は午前10時〜午後4時半(入館は4時まで)、月曜休館。入館料は一般1000円、70歳以上800円、大学・高校生500円、中学生以下無料。
 文・清水祐樹
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