官邸主導の弊害正すには 豊田洋一・論説委員が聞く 

2020年10月26日 06時38分
 安倍晋三前首相の退陣を受け、官房長官だった菅義偉氏が後継首相に就きました。七年八カ月にわたる安倍政権は、政治主導、官邸主導を掲げて政権を運営する一方で、官僚の政権中枢への忖度(そんたく)や萎縮も生みました。政治家と官僚のあるべき姿とは−。東京大先端科学技術研究センター教授の牧原出さんと考えます。
 豊田 日本では長い間、官僚主導の政治が続き、「平成の政治改革」の目的は政治腐敗防止とともに、政策決定の主導権を官僚から、国民に選ばれた政治家や首相を頂点とする官邸に取り戻すことでした。政治主導の観点から第二次安倍内閣以降の政権運営をどう評価しますか。
 牧原 私は、安倍政権が政治主導の典型だとは思いません。小泉純一郎元首相の方が政治主導に優れていたのではないか。安倍政権では官邸案件は主導するけれども、それ以外は省庁丸投げのものが多い。小泉政権の構造改革の方がはるかに中長期的なプランがあり、政治主導で政策を立案していました。安倍政権では、首相や閣僚のほとんどが、官僚の書いた文書を読み上げていただけですから、政治主導とはいえません。
 豊田 安倍政権はそもそも政治主導ですらなかったと…。
 牧原 小泉政権的な政権運営をできなかったのが、安倍政権の最大の欠点であり、端的に比較すれば、安倍さんの力不足です。だから、安倍政権は首相の欠点を周りがどう補うかにたけていた。今井尚哉秘書官や菅官房長官がうまく全体でチームを組んでいるうちは政権運営が非常にうまくいった。二〇一五年くらいまでは非常に強い官邸主導内閣でした。安倍さん自身が右派ポピュリズム的な要素を吸収して、石破茂、谷垣禎一両氏や公明党というリベラルな要素も加わったから安定していた。それが安倍一強の実態です。
 しかし、一五年に安全保障関連法が成立し、一六年に谷垣、石破両氏が政権から抜けます。安倍政権は一七年ごろから目標を事実上見失っていきます。
 豊田 森友・加計両学園の問題が出たのもそのころです。
 牧原 国家戦略特区など、アベノミクスの中でもそれほど重要とはいえない政策の中に利権政治のようなものが生まれ、それをどう隠すかという方向で公文書管理がゆがめられました。
 ただ、問題は法律上の規定が甘く、公文書が捨てられるようになっていることです。行政にとっても公文書を残すことは必要です。すぐに公開する必要はありませんが、何年後かには全部出すように残しておく。そうしないと都合よく捨てられてしまいますから、公文書管理委員会による管理を強める必要があります。首相の諮問があって開くのではなく、自ら調査権限を持つ方向に変えるべきです。
 豊田 安倍内閣で内閣人事局ができ、審議官級以上約六百人の適格性審査や人事評価を首相官邸が掌握しました。これが官僚の忖度を生み、森友・加計問題にもつながったとされます。
 牧原 内閣人事局がない時代でも、正副官房長官による三長官会議(閣議人事検討会議)で各省幹部の人事は見ていたはずですから、官邸主導で人事をやろうと思ったらできたと思います。対象とするポストが増えていると言いますが、とても全部は把握できません。最大の問題は菅さんが霞が関の中の評価とは異なる人材をときに登用したことです。これは政治を腐食させる危険な行為です。駄目な人を役所の幹部に就ければ、その役所が駄目になり、最終的には政治に跳ね返ってきます。内閣人事局に人事情報を正しく上げて的確に運営できているかどうかが、国民に見られています。
 豊田 組織よりも、政治家による運用の問題が大きい、と。
 牧原 官僚も変わっていかなければなりません。はなから駄目だと言えば、そこで話が終わってしまう。政治家に直言することが務めだと思っている官僚がいますが、さすがに政治主導の下では、そうした人は結局外されていく構図があります。
 豊田 一連の改革で政治は望ましい方向に進んでいますか。
 牧原 選挙制度改革と政治資金改革の最大の効果は派閥による金権政治がなくなったことです。昔はひどかったですから。政治改革がその先に考えていたのは、例えば政党の地区委員会が候補者を選ぶ英国型です。部分的にはそこまで来ていますが、いまだに議員の後援会に頼る部分があるから、まだ改革の途上だと思います。
 統治機構改革では、内閣官房が巨大化しました。定員は千二百人ほどいます。後藤田正晴官房長官のころは二百人です。ずうたいが大きくなった日本の組織の頂点に立つのが首相や官房長官であり、党の方は相当の議席数を持ち、政党交付金を受けている党幹事長や執行部です。その権限や権力を正しく行使できているかが問われます。野放図に行動しないようコントロールする仕組みが本来制度に仕組まれていますから、それをもっと活用しなくてはなりません。活用しないから政権が増長するということは当然あります。
 豊田 安倍首相は、国民の支持を背景に強硬な政権運営や国会運営を進めました。選挙で勝ったとはいえ、国民は白紙委任したわけではありません。
 牧原 選挙で国民の信任を得ているという意味は大きいと思います。ただ、内閣は与えられた権限通りに強くなっているけれども、それをコントロールするはずの独立機関や第三者的機関が、その権限通りには強くなっていません。
 例えば、首相夫人付き職員の政治的な動きに対して、人事院はきちんとものを言うべきでした。公文書を改ざんしたら公文書管理委員会が不適当だと言うべきだし、会計検査院の報告で言及してはいますが、もっと踏み込んだ指摘がなぜできなかったのか。こうした独立機関などがしっかり権限を行使できるような改革が必要です。内閣に対するコントロールという観点では国会も同様です。その意味で政治改革はまだ途上なのです。
 豊田 国民が選挙で意思表示することも大切です。政権交代の可能性が見えないことも政治から緊張感を失わせています。
 牧原 独立機関などが米連邦最高裁のように機能するには政権交代が必要です。やはり新しい政治主導の政権をつくるべきでしょう。そのためには野党が強くなければいけません。野党に転落した民主党が崩れていったのは安倍政権が選挙に勝ち、強くなっていったからです。逆に与党が弱くなると、野党は結集していきます。
 強いように見える政権は、忖度して変な人を取り込んで、政権内が腐食して壊れていって、リークとスキャンダルで崩壊していきます。英国のメージャー政権後半は閣僚の性的スキャンダルが流出するなど、ひどいものでした。政治主導が選挙に勝たせるのではなく、政治主導が選挙に負けさせるのです。政治主導は選挙とともに始まり、選挙とともに終わります。今はそこに至る過渡期だと思います。

<まきはら・いづる> 1967年、愛知県生まれ。東京大法学部卒。東北大教授などを経て、2013年から東京大先端科学技術研究センター教授。専門は行政学、日本政治史。著書に『内閣政治と「大蔵省支配」』(サントリー学芸賞受賞)『「安倍一強」の謎』『崩れる政治を立て直す』など。


関連キーワード


おすすめ情報