「人物叢書」シリーズ 300冊突破 「最も正確な伝記」こだわり続けて

2020年10月26日 07時22分

「人物叢書」の書架の前で、高校時代に初めて読んだシリーズの『伊達政宗』を手に取る藤田覚さん=東京都文京区で

 日本の歴史で活躍した重要人物を取り上げる伝記シリーズ「人物叢書(そうしょ)」(吉川弘文館)が今年、通巻300冊を突破した。刊行開始から62年。まれに見るロングシリーズは、いかにして世に送り出されているのか。編集に当たる「日本歴史学会」の会長、藤田覚・東大名誉教授(74)に聞いた。 (北爪三記)
 『聖徳太子』『藤原道長』『北条政子』『織田信長』『井原西鶴』『西郷隆盛』…。東京・本郷にある吉川弘文館の資料室。大きな書架にシリーズの本がぎっしりと並ぶ。
 「出版の世界、あるいは日本史研究の場で、人物叢書というのは非常に大きな役割を果たしているんだな、と今回、再認識しました」。節目を迎えた感慨を、藤田さんがしみじみと語る。
 「史実に基づく正確な伝記の一大叢書」として企画されたシリーズは、一九五八年に『明智光秀』(高柳光寿)からスタート。六二年に『菅原道真』(坂本太郎)で百冊に達し、翌六三年の菊池寛賞を受賞した。
 当初は新書サイズだったが、八五年に一新。緑色のラインが目を引く現在の四六判になった。九〇年の『円珍』(佐伯有清)で二百冊、今年の『徳川家康』(藤井譲治)で三百冊に。最新の『上杉謙信』(山田邦明)で三百七冊を数える。

緑色のラインが目を引く人物叢書シリーズ(右)。オンデマンド版(左)はオレンジのラインが目印(吉川弘文館提供)

 取り上げる人物を決めるのは、古代、中世、近世、近現代各二人の計八人で構成する理事会。選択の基準は「日本歴史の上に大きな足跡を残した人々、もしくはある時代、ある階層を代表するような人物」と定めている。
 執筆者の選定も理事会が行う。藤田さんは二〇〇〇〜〇六年に理事を務めた。当時、依頼から二十年以上たった執筆者に催促したことも。執筆者の体調などの理由で、人選し直すケースもあるという。
 原稿が届いたら、百人余りの評議員の中から、対象人物に近い研究をしている人を選んで点検を依頼。事実関係や足りない要素がないかなどをチェックしてもらう。「これが非常に厳しいのが、人物叢書の特徴であり、命ですね。『刊行時点で最も正確な伝記』という基本線を守るために必要なことなんです」
 研究が進めば、新たな史料が見つかったり、解釈の仕方が変わってきたりする。これらを踏まえた上で、正確にその人物の生涯を追うことができるか−。「正確な伝記、すべてそこに行き着くんですね」と編集方針を説く。
 例えば、『徳川家康』をめくると、後水尾天皇の即位礼を拝観した家康が、京都から駿河への帰途の慶長十六年四月二十一日夜、岐阜で鵜(う)飼いを見学するが、鮎(あゆ)はほとんど捕れなかった、とある。神君と強調されるような人物像から脱し、一次史料によって家康の行動が、居所も踏まえて時系列に描かれる。
 三百冊達成を機に、品切れだった既刊本を注文に応じて製作するオンデマンド出版が決まった。読者から要望の多い『卜部(うらべ)兼好』(冨倉徳次郎)や『岡倉天心』(斎藤隆三)など五十三点を選び、十一月二十日から受け付ける。
 人物叢書は当初、三百冊を予定したが、「発刊の言葉」には「なお多数の人々の伝記が必要」とも記される。現在、約百八十冊の執筆を依頼済みで、『幣原(しではら)喜重郎』『大伴旅人』を来年の刊行に向けて製作中という。
 藤田さんは「日本史研究の進化とともに、取り上げるべき人物は限りなく出てきますよね。理事会で次々と候補が挙がり、それにふさわしい研究者もいる。際限はないんです」と話す。

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