<かながわ未来人>戦争の惨禍 関心を 横浜裁判の調査研究 再始動 弁護士・間部俊明(まなべ・としあき)さん(75)

2020年10月26日 07時15分
 横浜地裁の法廷内に掲げられた星条旗が占領下を物語る。第二次世界大戦のBC級戦犯が国内で唯一裁かれた横浜裁判。かつてトップとして調査研究を進めた県弁護士会の特別委員会を今年、再始動させた。「それぞれの事件に込められた戦争の惨禍に、関心がなくなっていないか」と時代に警鐘を鳴らす。
 最初の関わりは一九九六年にさかのぼる。日本国憲法施行五十周年に向けた取り組みとして横浜弁護士会(現県弁護士会)に提案した。しかし、「イデオロギー論戦に彩られる」と、周囲は冷めていた。捕虜を虐待、処刑したとして千人以上が起訴されたにもかかわらず、資料が少ないことも懸念材料だった。
 突破口になったのは、横浜裁判の弁護人だった故・桃井銈次(けいじ)弁護士から譲り受けた資料。最初は「ない」とにべもなかったが、粘り強い説得で、ひそかに保管していた資料や、裁判後の調査で手にした記録の存在を明かされた。
 全事件の概要が記された桃井氏の資料を基に、人名が黒塗りの外務省の傍聴記録などと照らし合わせて読み解き、時に存命だった被告から話を聞いた。六年間で手元のファイルは数十冊に。まとめた十件を二〇〇四年に出版した。
 しかし、戦争へのやりきれない思いは胸に残ったままだった。米軍の無差別空襲で追い込まれ、日本軍は正式な手続きを経ずに捕虜を処刑した。そして戦勝国のルールが支配する法廷で裁かれる。
 出発点だった横浜裁判と憲法との関わりを考えるうち、憲法前文にある「戦争の惨禍」との言葉にたどり着いた。「この言葉に込められた一つ一つの出来事を知り、繰り返さないようにしなければならない」との思いが今につながる。
 十五年以上がたち、再び調査に取り掛かったのは、経済成長ばかりに関心が向く社会の空気を感じたからだ。残る事件はまだ三百件以上ある。詳細な記録が手元にない事件も多い中、県内で起きた事件などを十年間でまとめ上げる方針だ。「孤独で、手探りの作業」と苦笑いする。それでも決意は固い。「決して過去の調査でなく、これからの時代の苦難に対応していく視点を提示する作業になるはずだ」 (米田怜央)
<横浜裁判> 米軍が横浜地裁で開いた国内唯一のBC級戦犯軍事裁判。1945年12月〜49年10月、撃墜された米軍機パイロットらを虐待したなどとして、327件の事件が審理された。起訴された1039人のうち、145人が無罪となり、123人が絞首刑、62人が終身刑を言い渡された。横浜弁護士会は会員43人が担当。元捕虜への反対尋問ができないまま証拠となるなどの問題点を指摘した。

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