あきらめた夢、のらぼう菜が叶えてくれた 88歳栽培名人が本を出版するまで

2020年10月26日 17時00分

とれたてののらぼう菜を手にする高橋さん=2016年3月、川崎市多摩区で(清水まゆみさん提供)

 川崎市多摩区のすげ地区に伝わる野菜「のらぼう菜」を栽培する名人が、育てるコツやおいしい食べ方を1冊にまとめた。農業一筋の88歳。寒さに強く、脇芽を何度つんでも「なにくそ!」とばかりに芽を出す姿に、自然災害や都市化の波にもまれたわが身の日々を重ねて執筆した。「のらぼうで人生の最後を飾る」との決意も込めた。(石川修巳)

◆自宅の直売所、昼すぎには完売

 「のらぼう菜 太茎多収ふとくきたしゅうのコツ」(農山漁村文化協会)を執筆したのは、川崎市多摩区菅野戸呂すげのとろの農業高橋孝次さん(88)。野菜苗を温室で育てるほかに、のらぼう菜の栽培で、2015年に「地域特産物マイスター」に認定された。
 高橋さんは約10アールの畑でのらぼう菜約2500株を栽培。2月から5月上旬まで収穫後、次の年のために種をとる作業を毎年重ねながら、70年にわたって茎を太く、収穫量も増やす栽培技術を実践してきた。自宅の直売所に並べると、1日50~70袋が昼すぎには完売する。
 著書では、のらぼう菜の茎を地際でカットする摘心の方法や、太い茎を出す「切り戻し」のコツを解説。青菜炒めやパスタなどの食べ方も紹介している。執筆を手伝った食農教育コーディネーターの清水まゆみさんは「のらぼう菜は脇芽が主役。たくましいし、育てることで生き方を学ぶ野菜です」と語る。

◆ナシ、養鶏、シクラメン…最後にたどり着いて

 高橋さんが就農したのは17歳。「長男だから農家を継いで」と説得され、教員になる道をあきらめた。当初はナシ栽培だったが、2年続けて収穫直前に台風被害を受け、養鶏に転換。けれども39歳の時、鶏卵価格が暴落し、周辺の宅地化で鶏ふんのにおいに苦情も出て廃業を決めた。

「のらぼう菜 太茎多収のコツ」を出版した高橋孝次さん(手前)と妻の寛子さん=川崎市役所で

 それからシクラメン、野菜苗の栽培へ。作目を変えながらたどり着いたのが、昔から自家用に栽培していたのらぼう菜だった。柔らかく、甘みがある独特の味わいが脚光を浴びた。
 地元の学校で、のらぼう菜の歴史や栽培方法を教える出前授業もライフワークになった。「のらぼう菜で、教壇に立つ夢がかなったんだ」

◆銀座の呉服店生まれの妻も畑へ

 著書には、ともに歩んできた妻の寛子さん(83)への「心からの感謝」もつづった。東京・銀座の呉服店に生まれた寛子さんは「畑に出るときも、ファンデーションを塗っていたのよ」と振り返る。
 13日には川崎市役所を訪れ、福田紀彦市長に著書を贈呈。満面に笑みをたたえて完成を報告し、「最高の幸せ」と高橋さん。寄り添う寛子さんは「(夫は高齢で)来春の収穫に出られるかどうか分からない。ここで本を出せて、本当に良かった」と思いやった。
 A5判88ページ。1200円(税別)。問い合わせは、農山漁村文化協会=電03(3585)1142=へ。

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